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秋田実季
本文表記 實季・秋田城介安倍實季・安東太郞
秋田 第八下 · 22
- p001…秋田城介安倍實季は陸奧六郡の司安倍賴良が二男、厨川次郞貞任が末孫とぞ聞えける…
- p004…實季六代の祖安東太郞庶季、應永の頃、始て陸奧外が濱より打て出て、出羽國秋田の…
- p004…郞秋田城之介と名乘る、定季男子二人あり、兄は友季、弟は愛季と名乘る、實季は、この愛季が男なりけり、…
- p006…臣家に、使者を献る事、前代に替らず、天正十五年九月朔日、秋田の城に卒す、實季父に繼て立つ、安東太郞と名乘る同き十八年の秋、關白奧に御下向ありし…
- p006…、前代に替らず、天正十五年九月朔日、秋田の城に卒す、實季父に繼て立つ、安東太郞と名乘る同き十八年の秋、關白奧に御下向ありし時、始て見參にぞ入りにけ…
- p006…し時、又催促に隨て、軍勢を引具し、筑紫の陣に馳せ來る、何れの時にか關白、實季が所領、いかばかりやありと、御尋ねありしに、實季いかに思ひけん、僅に租入…
- p006…來る、何れの時にか關白、實季が所領、いかばかりやありと、御尋ねありしに、實季いかに思ひけん、僅に租入四五萬石もや、候はんと申せしかば、さらば軍の賦役…
- p006…給ふべきにて、奧方の人々は、最上出羽守義光に隨ひ、軍すべしと仰せ下さる、實季我身は病すと稱して、軍勢計りぞ差向けたる、家子秋田平之亟と云ふ者に、…
- p006…、取る者も、取敢へず、皆國々に迯け歸る、天下既に平きし後に、出羽守義光、實季石田等に與みせし由を訴ふ、頓て義光實季を、關東に召决せらる、大久保相模…
- p006…、天下既に平きし後に、出羽守義光、實季石田等に與みせし由を訴ふ、頓て義光實季を、關東に召决せらる、大久保相模守忠隣が家にて對決せり、實季陳じて…
- p006…て義光實季を、關東に召决せらる、大久保相模守忠隣が家にて對決せり、實季陳じて、實季元より當家に對し參らせ、二心を存ぜず、是を以て、上杉に與して…
- p006…、關東に召决せらる、大久保相模守忠隣が家にて對決せり、實季陳じて、實季元より當家に對し參らせ、二心を存ぜず、是を以て、上杉に與して、出羽國由利…
- p006…小野寺遠江守が弟、大森孫五郞が雄勝の郡に、籠りたる城をも、續て攻め落す、實季彼等と謀を合せんには、いかで味方の城を攻め、味方の勢とは、戰ふべきと申す…
- p006…、いかで味方の城を攻め、味方の勢とは、戰ふべきと申す、義光聞て、されば、實季が彼二つの城、攻め落し、首切たるは、勿論なり、東西の御敵、或は滅び、或は…
- p006…を免れんと、前度の約を變して、己が方人等を討つたるに候と申す、大御所抑も實季がかの二つの城、落せしは、いつなるらんと、仰せ下されしかば、實季畏て、さ…
- p006…御所抑も實季がかの二つの城、落せしは、いつなるらんと、仰せ下されしかば、實季畏て、さん候、自然古を破りたるは、八月の末、大森を落せしは、九月五日、石…
- p006…、大森を落せしは、九月五日、石田等が軍、關が原に、敗れしは、九月十五日、實季たとへ初め彼に心を通し、謀を合すとも、其必滅びんとする事を、千里の外に、…
- p006…しにぞ、重て御尋の旨もなかりける、同き七年の夏、佐竹を秋田へ移されし時、實季常陸國茨城の郡を賜て、宍戶の城に移る、五万石と云十年九月三日、秋田…
- p006…に移る、五万石と云十年九月三日、秋田城介に任し、從五位下に叙す、實季が望みしは、若し侍從に任せずんば、秋田城之介に任せらるへしと云、…
- p006…うつて上り、首四十四切て獻れり、其後家を子息伊豆守俊季に讓て、致仕す、實季後に伊勢の朝熊に流されて死したり、…
- p007…古き人の語りしは、實季子息に家讓る時、僅か一萬石の地を與へて、五萬石の賦役を勤めさせ、其餘悉く…
- p007…俊季が家人等、早く察してければ、事を左右に寄て、對面を許さゞりしとなり、實季が振舞も、か程にはあらざりけめど、苦める民共の、餘りにあしさまに、云はん…
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