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竹中重門
本文表記 重門・丹後守重門・竹中源助重門・丹後守源重門・吉助
加藤 第十上 · 1
- p001…せん人、相語らひ、德川殿美濃國に討入らせ給ふと聞て、關長門守一政也竹中源助重門の人々を打連れ、犬山を去て御陣に馳せ加る、城は攻めらるゝにも及はず落に…
竹中 第十二下 · 12
- p001…丹後守源重門は半兵衞尉重治が男也、重治が父遠江守某が時に至て、美濃國の守護齋藤山城守…
- p004…丹後守重門童名は吉助、七歲にして父重治におくれ、秀吉天下の事を知召されて後十六歲に…
- p004…丹後守重門童名は吉助、七歲にして父重治におくれ、秀吉天下の事を知召されて後十六歲にして從五位…
- p004…慶長五年の秋關が原の戰に、東國の味方して小西攝津守行長を生捕て參らす、重門が領せし濃州の地下人生捕て其領主なれば重門が許にゐて來りしとなり…
- p004…攝津守行長を生捕て參らす、重門が領せし濃州の地下人生捕て其領主なれば重門が許にゐて來りしとなり大坂の軍には、酒井雅樂頭忠世が手に属して戰…
- p004…にゐて來りしとなり大坂の軍には、酒井雅樂頭忠世が手に属して戰ふ、重門年五十九歲、寛永八年九日に卒す、重門後に豐後國府內の城を賜ひしにや…
- p004…、酒井雅樂頭忠世が手に属して戰ふ、重門年五十九歲、寛永八年九日に卒す、重門後に豐後國府內の城を賜ひしにや…
- p005…となつて、五千石を加へ給ひぬ、竹中が領する所合て二萬石といふ、其頃は父の重門猶世にあり、重門に預け給ひしにあらずや、城主譜には伊豆守重利、府內の城を…
- p005…を加へ給ひぬ、竹中が領する所合て二萬石といふ、其頃は父の重門猶世にあり、重門に預け給ひしにあらずや、城主譜には伊豆守重利、府內の城を領して釆女正重次…
- p005…由をしるす寬永の日記にも釆女正重次は重利が子たるよし見ゆ、皆誤れるにや、重門が碑文を見るに、重門三男一女あり長子は左京亮重常、二男釆女正重次、三男伊…
- p005…にも釆女正重次は重利が子たるよし見ゆ、皆誤れるにや、重門が碑文を見るに、重門三男一女あり長子は左京亮重常、二男釆女正重次、三男伊豆守重利は早世すと云…
- p005…世すと云々、重利は釆女正重次が弟たり、兄が弟の家を繼くべき樣はあらじ、又丹後守重門が府內の城賜ひたらんには、長男左京亮重常こそ繼くべきに、次男采女正重次繼…
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