地名索引 › 筑前国博多
筑前国博多
本文表記 博多・博多の津
嶋津 第八上 · 1
- p003…白薩摩の國を立つて都に趣き給ひけり、同き六月十五日、義久鹿兒嶋を立つて、博多の御陣に參り、關白の御供して、大坂にぞ參りける、十六年の冬、肥後の國人等…
秋月 第十上 · 1
- p003…風に戰ひ負けて太宰府に趣く、春實等の大將、續て筑紫に押渡り明れば四年五月博多の津にて戰を合せ、春實慶幸眞先に進み戰ひ、賊船に火を放て悉くに焚き沈む、純友…
宗 第十上 · 4
- p001…岐の嶋に押寄す、此嶋の守護代平內左衞門尉景隆も戰死す、九國の軍勢十万騎、博多の津に馳せ集て防き戰ふ、同月廿日蒙古戰負けて引退く、今宵風雨夥しく吹き落て、…
- p007…に破られて引返す、嘉賴死して後、應仁元年嘉賴が子敎賴、又對馬の勢を催して博多と宰府との間なる見月の地に押渡て、大友幷に大内が守護代の爲に破られて討れ…
- p007…宰府に押渡り、終に三前二嶋を討ち隨へ、再ひ少貳が家を興し、軍兵を止め置て博多の津を守らせて本國にぞ歸りける、…
- p008…助く、貞國これを諫むれども、少貳更に承引せず貞國が戰ひ利なくして、軍勢を博多に止め守らせて、我身は本國に歸りしなり、○按ずるに少貳の系圖幷に九國の事…
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