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織田信包
本文表記 信包・上野介信包・織田上野介・長野上野介・老犬
松平(藤井) 第二 · 1
- p003…斯て箕作落しかば、十八箇所の城々、次第に落て、信長都に入たまひしに、織田上野介の雜人と、信一が下部と、古き烏帽子一つをばいあひて、爭論に及ひ、美濃尾張…
分部 第九上 · 8
- p003…、皆々味方に參らすべきにて候とぞ望みける、織田殿大に悅ひ給ひて、頓て舍弟信包を長野上野介と名乘らせ、軍勢餘多差添へ、當國上野の城にすゑ置かる、去程に…
- p003…味方に參らすべきにて候とぞ望みける、織田殿大に悅ひ給ひて、頓て舍弟信包を長野上野介と名乘らせ、軍勢餘多差添へ、當國上野の城にすゑ置かる、去程に、長野次郞具…
- p003…家所細野乙部中尾の者共、降人に成て參りしかば、分部河北を初として、悉く皆信包の手にこそ附られけれ、其後織田殿失せ給ひ、秀吉世を知し給ひし後、文祿の初…
- p003…手にこそ附られけれ、其後織田殿失せ給ひ、秀吉世を知し給ひし後、文祿の初、上野介信包信包此比は本性に返て織田と名乘り關白の執奏にて四位侍從に成されし也…
- p003…れけれ、其後織田殿失せ給ひ、秀吉世を知し給ひし後、文祿の初、上野介信包信包此比は本性に返て織田と名乘り關白の執奏にて四位侍從に成されし也聊の事…
- p003…罪せらて本領を押奪れ、近江國に移されし時、二万五千石を給り、入道して老犬といふ關白別の仰ありて、左京亮政壽に、上野の城をば賜りけり、二万石…
- p004…に、光信は政壽が婿長野治右衞門某が男也、某元は尾張國の者、童なりし時より上野介信包に仕へて、齋藤治助と申せし也、信包長野の家を繼きし時、其氏を給ひしかば、…
- p004…某元は尾張國の者、童なりし時より上野介信包に仕へて、齋藤治助と申せし也、信包長野の家を繼きし時、其氏を給ひしかば、長野とは名乘れるなり、…
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