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織田長益
本文表記 入道・此人・源吾侍從平長益入道有樂・有樂・有樂入道・入樂入道・織田有樂
織田 第十下 · 11
- p005…源吾侍從平長益入道有樂は、備後守信秀の十男、右大臣信長公の御弟也、右大臣殿の御事ありし時、同く…
- p005…してか迯れけん、命生きて其後豐臣家に仕へ四位の侍從に成る、程なく入道して有樂とは申せしなり、淀殿の御伯父なれば、年來大坂に在て秀賴の御許に伺公せらる…
- p005…來大坂に在て秀賴の御許に伺公せらる、大坂の軍起りしかば、凡そ軍の成敗をば此人にぞ任せらる、老將にてはあり殊に親しき御事なり、十餘万の軍兵、賴しき大將…
- p005…御事なり、十餘万の軍兵、賴しき大將にこそ思ひけれ、東西御和睦の議始りて、此人まづ人質を參らせてければ、城中の人々互に心を隔てつゝ、終に御和睦は事なり…
- p005…人質を參らせてければ、城中の人々互に心を隔てつゝ、終に御和睦は事なりぬ、入道頓て駿府に使者を參らせ、本多上野介正純に就きて、入道今度思はずも、大坂の…
- p005…に御和睦は事なりぬ、入道頓て駿府に使者を參らせ、本多上野介正純に就きて、入道今度思はずも、大坂の城に在り、既に御陣に參らんとせし處に東西の御和睦事成…
- p005…大坂の兵起れり、入道の四男左衞門佐長政、大將軍を望む城中宗徒の人々、父の入道に手でりして敢て許さず、長政怒て我れ信長の甥にして淀殿の從弟なり、大將軍…
- p005…り、大將軍を承らんに何條かあるべき、此上は城に籠つて詮なしとて都に趣く、入道は駿府に參るとて、尾張の國名護屋の城にて大御所に參り逢ひ、大坂の事共悉く…
- p005…共悉くに告け申さる、大坂の軍終て後、所領の地下し給ふ、左衞門佐長政、父の入道卒して彼が所領の地分ち賜ひ、大和の國芝村一万石有樂入道卒せし年月いま…
- p005…、左衞門佐長政、父の入道卒して彼が所領の地分ち賜ひ、大和の國芝村一万石有樂入道卒せし年月いまだ知らず万治二年十二月廿三日、致仕入道してト齋と號す、其…
- p006…大和守平尙長は入樂入道か五男、此人武藏守越後守大和守と改めしとなり父の所領分ち賜ふ、大…底本:「入樂」(有樂の底本誤植)
福嶋 第十二上 · 1
- p007…て正則に申さんには、此度大坂の軍起りしこと、秀賴の心とも覺えず、是は偏に織田有樂大野木村渡邊等が計らひにこそあるべけれ、抑も正則元より故太閤のゆかりに…
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