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三河国東条
본문 표기 東條・三河國東條
松平(深溝) 第二 · 1
- p001…り、板倉彈正を打取る、其賞として、中嶋長良西鄕等の地を下し給ふ、永祿四年東條の吉良義昭が叛きしに、好景吉良と戰ふ事度々にて、此年四月好景が嫡子伊忠、…
本多 第四上 · 4
- p003…、東條の城に立こもる、廣孝仰を承て、小牧山に要害を構へ、酒井雅樂助政親と東條に押寄す、東條の軍兵、藤浪畷に寄合て戰ふ、御方にも屈竟の兵、多く打れしか…
- p003…こもる、廣孝仰を承て、小牧山に要害を構へ、酒井雅樂助政親と東條に押寄す、東條の軍兵、藤浪畷に寄合て戰ふ、御方にも屈竟の兵、多く打れしかど、大久保太…
- p003…孝にぞ下し給はりける、同き六年の秋、義昭また一向專修の門徒が大將と成て、東條に立こもる、廣孝嫡子彥二郞を岡崎に參らせて人質とし、我身は土居の城に在て…
- p003…ひ、東條の城を攻む、此時彥三郞に御諱を賜て康重と申と云、其忠賞に又東條の地を賜ひ、明る七年の夏、梶の鄕に要害を構へて、田原の城を攻降し、頓て此…
松平(松井) 第四下 · 4
- p001…周防守源康重は、故周防守康親の子なり、康親元は松井左近忠次と名乘る、三河國東條の家人幡豆郡の住人松井金四郞某が男弘治二年の春、右京亮義春出雲守殿の…
- p001…弘治二年の春、右京亮義春出雲守殿の三男、安祥二郞三郞殿の御叔父、東條の家を繼き給ひしなり、失せ玉ひ、子息龜千代丸、後に甚太郞家忠と申…東条松平家
- p001…加勢として、近江國に趣き、佐々木が多勢を打破り、同き三年三方が原の戰に、東條の者共もひきゐて戰ひ、天正三年五月長篠の戰に鳶巢の要害を攻落す、此年八月…
- p002…一說に、康親に松平を許し玉ひしは、永祿六年東條の地を賜ひし時の事なりといふ、さも有るべしや、天正三年より、さきの世に、…
薩摩守殿 第十一 · 1
- p001…り、大相國家と御母を同じくせさせ給ひ、御童名は福松丸と申しまゐらす、初め東條の甚太郞家忠の世嗣とならせ給ひ、忠康と申しまゐらせ、其後下野守從五位下に…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히