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佐渡国
본문 표기 佐渡國・佐渡・佐渡の國
上杉 第八下 · 5
- p005…ひぬ、さらば父爲景が吊ひ軍、あるべしとて、越中國に打入て加賀能登を隨へ、佐渡國へ押渡る、斯る所に、十六年の八月、信濃の國の住人村上義清、甲斐の武田に、…
- p009…り、弓矢を取て三十六年、北陸東山東海の諸道に、威を震ひ、越後越中加賀能登佐渡飛驒上野半國餘下野半國餘陸奥二郡出羽五郡常陸三…
- p013…森、上方へ引返す、景勝信濃を打隨へ、越後の國に歸りて、國中の亂を鎭め、又佐渡の國を擊つ、同き十二年、羽柴筑前守秀吉、越後國柏崎妙樂寺の僧に、日蓮宗の…
- p015…因幡守が首取て、池の端の城をも落しければ、越後國悉く平きぬ、同き十五年又佐渡國に軍勢を差向け、叛きし輩打隨へ、奧の會津と戰ひ、出羽國庄内三郡を討取る、…
- p018…たり、實は景勝は累代の主なり、國民等が懷き思はん事うるさし、又彼が領せし佐渡國は、白銀出づる所なれば、それをも奪はんが爲なり、景勝も事の情は、察しけれ…
駿河殿 第十一 · 1
- p002…かの旗幟ありしを駿河殿に參らせしなり、其事疑しき事共ありとて、長遠寺父子佐渡國に流さる、此時武田が家より召出されし御家人等も大に恐れぬ、彼寺既に破却せ…
山岡 第十一 · 3
藤田 第十二下 · 1
- p001…百五十騎、寄騎の侍五十人都合三百騎の大將に成れてけり、天正十二年の夏信吉佐渡國に押渡て、國人等を攻め從へ、常に景勝が先陣して國中の亂を平らけぬ、同き十…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히