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戸田忠次
본문 표기 忠次・三郞右衞門尉忠次・戶田三郞右衛門忠次・戶田殿・戶田・戶田三郞右衞門尉忠次
酒井 第四上 · 1
- p005…一向專修の門徒等、盡く背き參らせし時、忠次が向ふ所敗れずといふ事なし、戶田三郞右衛門忠次が傳を合せ考へし、七年六月今川の侍大將小原肥前守、吉田の城にあり、忠…
戶田(田原) 第四下 · 48
- p001…土佐守藤原尊次は、三郞右衞門尉忠次が二男なり、忠次は先祖彈正左衞門尉宗光が代より、三河國田原二連木今橋等の…
- p001…土佐守藤原尊次は、三郞右衞門尉忠次が二男なり、忠次は先祖彈正左衞門尉宗光が代より、三河國田原二連木今橋等の城を領して、當國…
- p001…本文には載せず、庄左衞門尉光忠、西三河に落行き、終に鳴原にして討死す、三郞右衞門尉忠次はこの庄左衞門尉光忠が男なりけり、光忠田原にあり、宗光が曾孫にして、左…
- p001…、おのが院々寺々に立籠り、彼の檀越の御家人等、彼に組みするもの八百餘人、三郞右衞門尉忠次は、此時佐崎の邊りに忍び住む、戶田一門の人々は、德川殿に年比不快なりとて…
- p001…不快なりとて、まづ上宮寺に迎へ入る、戶田むかし德川殿を取り參らせし時、忠次年十八歲、一門の少者なり、その謀事に預るべからず、忠次既に上宮寺に籠…
- p001…り參らせし時、忠次年十八歲、一門の少者なり、その謀事に預るべからず、忠次既に上宮寺に籠つて、德川殿の御勢と戰ひ、一日の內、高名の鎗三度に及ぶ、…
- p002…此とき忠次、大久保七郞右衞門山田八藏等と鎗を合せし由、德川殿井伊兵部少輔に御物語あ…
- p002…ありしといふ、按ずるに家忠日記增補に、兵の起りしは永祿六年九月三日にて、忠次が參りしは、此月の六日と記す、據あるにや、此記によれば、忠次が參りしは最…
- p002…月三日にて、忠次が參りしは、此月の六日と記す、據あるにや、此記によれば、忠次が參りしは最初の比なり、大久保が物語にも、最初に參りし由にみえたり、又大…
- p002…にみえたり、又大久保一門殘らず上和田に在て、針崎に向ふ、佐崎には向はず、忠次此日に山田と鎗を合せしは知らず、大久保と鎗を合すべきやうなし、思ふに大久…
- p002…むかし田原のいまだ亡ひずして、德川殿と戰ひありし時の事にあらずや、德川殿忠次が彼寺にありと聞召し、頓て御使を賜て、忠次かゝる時節に及びては、眞先に參…
- p002…ありし時の事にあらずや、德川殿忠次が彼寺にありと聞召し、頓て御使を賜て、忠次かゝる時節に及びては、眞先に參るべき身の、何の故にか御敵には候ふらんと仰…
- p002…には候ふらんと仰下されしかば、仰せ愼んて承りぬと申て、城中の人々に向ひ、忠次今日岡崎に參るべき由の、御使を給ひぬ、つら〱事の情を案ずるに、忠次元より…
- p002…向ひ、忠次今日岡崎に參るべき由の、御使を給ひぬ、つら〱事の情を案ずるに、忠次元より德川殿に向ひて、恨み申べき謂れなく、また此寺の檀那にもあらず、只人…
- p002…隨てこそ、此城には籠つたれ、詮ずる所、彼の仰に從て、御方に參らんと存ず、忠次岡崎に參らんに於ては、此城の案內は能く知りぬ、一定攻め破て參らすべし、人…
- p002…城の案內は能く知りぬ、一定攻め破て參らすべし、人々我を恨むべからず、但し忠次がいふ所、惡しと思はん人々は、止めもやし玉ふべきといへば、聞く所尤も理あ…
- p002…坐の輩に、暇乞して、岡崎に參り、頓て御前に召れて城中の事ども尋ね玉ふに、忠次畏て、此城を落しえ給はん事、思ひもよらず、籠る所の兵、年頃御內にして名を…
- p002…多からずと申す、德川殿大に驚かせ玉ひ、さらば汝は如何にや思ふと仰下さる、忠次佐崎の案内は能く存しぬ、一定攻め破て參らせん、酒井左衞門尉が手の軍兵を某…
- p002…手のものが放つ鐵砲は悉く鉛彈をみてゝ候程に、御敵も畏れ訖んぬと申ければ、忠次が望みに任せらる、忠次大に悅ひ、夜に入て後、城中に忍ひ入り、案內は能く知…
- p002…く鉛彈をみてゝ候程に、御敵も畏れ訖んぬと申ければ、忠次が望みに任せらる、忠次大に悅ひ、夜に入て後、城中に忍ひ入り、案內は能く知たり、城中より外に向ひ…
- p002…二の城に火を掛けて、既に本城に攻入らんとする所に、本多新三郞、矢倉より、忠次士卒に下知する聲を聞て、大音あげ、戶田殿さきの荒言に合て、勇々しくう候か…
- p002…とする所に、本多新三郞、矢倉より、忠次士卒に下知する聲を聞て、大音あげ、戶田殿さきの荒言に合て、勇々しくう候かな、さらば鉛彈一つ參らせんといひもあへず…
- p002…きの荒言に合て、勇々しくう候かな、さらば鉛彈一つ參らせんといひもあへず、忠次が冑の眞向、鐵砲にあてられて、うつ伏にどうと伏す案內者既にかくの如くなれ…
- p002…、うつ伏にどうと伏す案內者既にかくの如くなれば、酒井が軍兵戰ふに及ばず、忠次を肩にかけて引返す、冑よければ碎けもせず、やゝ有て生き出でぬ、德川殿御感…
- p002…、寄騎の給料二千三百石を充行はる、また戶田藤田などいふ侍五人所領賜て忠次に附らる、戶田兵右衛門、同九右衛門、同與五右衛門、藤田彌七郞、同左…
- p002…、元龜二年七月、遠江國濱名の住人、德川殿に背き、城を去て、武田に組す、忠次本多百助と同く、御使を承り、かしこに行向ふ、此所の士を二つに分て、戶田本…
- p002…、忠次本多百助と同く、御使を承り、かしこに行向ふ、此所の士を二つに分て、戶田本多に附らる、忠次が手に屬するもの十四人、忠次また濱名の地を加賜ふ、三…
- p002…く、御使を承り、かしこに行向ふ、此所の士を二つに分て、戶田本多に附らる、忠次が手に屬するもの十四人、忠次また濱名の地を加賜ふ、三百石同き三年十…
- p002…ふ、此所の士を二つに分て、戶田本多に附らる、忠次が手に屬するもの十四人、忠次また濱名の地を加賜ふ、三百石同き三年十二月三方が原の戰に、御方利を…
- p002…名の地を加賜ふ、三百石同き三年十二月三方が原の戰に、御方利を失ふ、忠次德川殿に隨ひ、取て返し〱、戰ふこと度々に及び、濱松の城に到て、菅沼小大膳…
- p002…の城に到て、菅沼小大膳定利と共に、外郭を守る、天正三年五月長篠の合戰に、忠次が嫡男三郞九郞忠淸生年十七歲、能き敵と組て首を取る、忠次が手の兵、おの〱…
- p002…月長篠の合戰に、忠次が嫡男三郞九郞忠淸生年十七歲、能き敵と組て首を取る、忠次が手の兵、おの〱高名を現はす、同き八月九日、諏訪の原の戰に、三郞九郞忠淸…
- p002…月駿河國遠目の御陣に歸り玉ひしを、敵持舟の城より出て、御後を襲はんとす、忠次等返し合て追拂ふ、九年三月、高天神の城落ちし時、忠次が手の兵一方を攻破り…
- p002…、御後を襲はんとす、忠次等返し合て追拂ふ、九年三月、高天神の城落ちし時、忠次が手の兵一方を攻破り、的場郭首七つ切て獻る、十二年尾張の小牧の御陣…
- p002…兵一方を攻破り、的場郭首七つ切て獻る、十二年尾張の小牧の御陣には、忠次大野の城を守り、小濱民部間宮造酒之丞千賀孫兵衛向井兵…
- p002…等も、同しく伊勢の國を鎭めんとて、九鬼右馬允嘉隆と、小濱といふ所に戰ふ、忠次が手の者、先かけして、敵の勢を打破りぬ、十八年の春、相摸國小田原に向ひ玉…
- p002…者、先かけして、敵の勢を打破りぬ、十八年の春、相摸國小田原に向ひ玉ふ時、忠次植村庄左衞門と同しく、御陣の先駈して下る、御前備衆なり同き四月二日…
- p002…して下る、御前備衆なり同き四月二日御勢箱根の山を越んとす、德川殿、忠次を御前に召て、汝後陣に在て、軍勢を下知すべしと仰らる、忠次仰を承て、後陣…
- p002…とす、德川殿、忠次を御前に召て、汝後陣に在て、軍勢を下知すべしと仰らる、忠次仰を承て、後陣に候ふ人々、或は當家の大名なり、誰か忠次が下知に隨ふべき、…
- p002…知すべしと仰らる、忠次仰を承て、後陣に候ふ人々、或は當家の大名なり、誰か忠次が下知に隨ふべき、御免あれと辭し申、此ときの御後備は、松平三郞太郞殿…
- p002…が申所、理至極せり、さらばこれ執て下知せよとて、執らせ玉ひし御麾を給ふ、忠次三度押戴き、後陣の人々に向て、方々もこれにて仰をや聞かせ玉ふらん、忠次が…
- p002…、忠次三度押戴き、後陣の人々に向て、方々もこれにて仰をや聞かせ玉ふらん、忠次が身、人々の御勢下知せん事、其憚り少からず、但し御代官のしるしとして、是…
- p002…ずる人々は只今御所存を承るべきにて候とて、御麾執て見せければ、人々如何で忠次が下知に背き候べきとて、皆首を地にぞ附けられける、同き廿二日、關東の諸城…
- p002…て守らしむ、景政が甥同丹波守、眞田隱岐守と共に、德川殿に志を通しければ、忠次仰を承り行向ひ、彼と謀て此城を取る今年關東に移らせ玉ひしかば、此城終に御…
- p002…を取る今年關東に移らせ玉ひしかば、此城終に御座所とは成つてけり、此年八月忠次伊豆國下田の地を給ふ、五千石〇一說に、此時甲州郡内の地を給ふべきよし仰…
- p002…の地を給ふ、五千石〇一說に、此時甲州郡内の地を給ふべきよし仰けれども、忠次願ふ所にあらずと申、其後伊豆の下田を給ふべき由、望申ければ悅せ玉ひ下…
- p002…殿悅ばせ玉ふ事淺からず、太閤聞召し及ばれ、德川殿の御陣に成らせ玉ひし時、忠次幷に高木主水清秀二人を御前に召て、年來の戰功ども、語り出させ玉ひ、此度の…
- p002…、下田の地にて卒けり、土佐守尊次、年廿一歲、天正十二年、小牧の御陣の時父忠次と共に、大野の城にあり、軍終て後、其抽賞として、三河國和地村を下し給ふ、…
高木 第四下 · 1
- p001…事斜ならず、太閤また此由を聞給ひ、德川殿の御陣に成らせ給ひし時、清秀並に戶田三郞右衞門尉忠次を、御前に召して、二人が年比の高名を感じ仰せらる、慶長五年奧の上杉追討の…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히