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有馬氏(肥前)
본문 표기 有馬・有馬家
有馬 第九下 · 10
- p002…六代の孫遠江權守經純が代に、肥前國高來郡有馬の庄の地頭職に補せらる、是れ有馬と名乘るの初なり、經純が子有馬左衞門尉朝澄と云ふは、東鑑第三十七卷に見え…
- p003…直、其子太郞義純、二代共に公方の御諱字賜りし由、系圖に見天正の初、有馬、豐後の大友に志を通し、義鎭が時同國千葉胤連を討て、小城の郡を并せ…
- p003…を討て、小城の郡を并せんとす、佐嘉郡の住人龍造寺山城守隆信、千葉を助く、有馬一戰に利を失ひ、其後隆信が武威、隣國に震ふに及て、有馬が勢日々に衰へ、本…
- p003…隆信、千葉を助く、有馬一戰に利を失ひ、其後隆信が武威、隣國に震ふに及て、有馬が勢日々に衰へ、本領高來一郡に成てけり、義直終に隆信と、中直りして、嫡子…
- p004…後に隆信に中直りし、嫡子修理大夫義直が娘を以て、隆信が男の妻とすと云々、有馬の系圖を見るに、義純と云ふは、義直が子にて、父にはあらず、龍造寺記の誤り…
- p005…同き九年、有馬又隆信に叛き、密に薩摩の島津と、志を通ず、隆信安からぬ事に思ひて、二男江…
- p005…爲、筑紫の地に押渡り給ふ程に、九國二島の大名等、日々に降人に成つて參る、有馬も共に、筑後國高良山の御陣に馳せ參て、頓て本領安堵す、修理大夫晴信、父祖…
- p011…は無きやと云ふ、晴信大に悅ひ、只今鍋島が領する所、藤津彼杵杵嶋の三郡は、有馬累代傳領の地なり、然るを鍋島が故主龍造寺が爲に奪はれたり、和殿の計ひにて…
- p013…捕すべき由を仰せ下されしとなり、一說に高來郡中天主の法、盛に行れしかば、有馬の家人等も、其風俗に習ひ、邪法を行ふ、故に直純他國に移らん事を、望みしに…
- p015…の說に、島原城と云ふこと誤れり、此時島原は松倉が領せし所なり、原の城は、有馬家の舊領なりき、それへ賊徒の立籠りしなり、但し原の字は、はると云ふべし、西…
大村 第九下 · 2
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