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松平忠利
본문 표기 主殿頭忠利・主殿頭源忠利・又八郞・忠利・松平主殿頭忠利
松平(深溝) 第二 · 5
- p001…主殿頭源忠利は、和泉入道殿の御子、源藏人殿の親忠主の御事御弟、大炊助忠景四代の…
- p001…りて、上方の多勢と戰ひ、年四十六歲にて家子郞等八拾五人、同じ枕に打死す、主殿頭忠利は、この家忠が嫡子なり、父が討死せし時は、いまだ又八郞と申て、關東の御陣…
- p001…じ枕に打死す、主殿頭忠利は、この家忠が嫡子なり、父が討死せし時は、いまだ又八郞と申て、關東の御陣に從て、小美川城を守る、明る慶長六年二月、深溝を給ひて…
- p001…石同九年の夏、叙爵し、十七年十一月十六日、吉田の城を賜、三万石忠利が弟を庄九郞忠一といふ、將軍家に仕ふ、大坂兵亂再ひ起りし時、同僚共に申け…
- p001…續て四代迄、德川殿の御爲に、皆討死をぞしたりける、類ひ少くなき次第なり、主殿頭忠利寛永九年五月五日に卒し、其子主殿頭忠房繼き此年七月十一日刈屋の城に移り、…
建部 第十下 · 1
- p004…邊りの人質共取て、背く奴原打平ぐ、かくて備前播磨の軍勢馳せ加り、大御所又松平主殿頭忠利に仰せて政長に加勢せらる、大坂の兵再ひ起るに至て、內藤紀伊守信政、仰を蒙…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히