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水野勝俊
본문 표기 美作守・美作守勝俊・水野美濃守勝俊
水野 第三 · 6
- p004…とて、三千石を領せし人の家にゆきて、十八石の祿うけて仕ふ、此國にて、子息美作守をば設けしなり、あら玉の春になりて、三村が家に椀飯の事あり、饗膳をはりて…
- p005…感の仰を蒙り、明れば七日天王寺の敵をかけ破て、父子二手に別れて、子息は美作守勝俊なり逃くる敵を追うち、勝成が手にて、明石掃部介を討取る、眞先に城中にせ…
- p005…存ずれ、彼が御下知あらん事、いかでそむき申べき、老人の長居難義なり、子息美作守、父が代官として、これに留む、御評定一决の後、御下知を彼れに仰せ蒙るべし…
- p005…代官として、これに留む、御評定一决の後、御下知を彼れに仰せ蒙るべし、この美作守と申す男も、若き時、大坂の合戰に召し具せられ、軍のやうをも見たるもの、さ…
- p005…、ひしめく、勝成はおのが陣に在て、少しもさわかず、手勢五千を引ぐし、子息美作守が、信綱が陣より歸るを待て、さきがけさせ、本城に攻入て、一番に旗をぞ立て…
- p005…六年致仕入道して、宗休と號し、年八十八歲にて、慶安四年三月十五日に卒す、美作守勝俊、勝成の男、十七歲にして、父と共に大坂にむかひ、再ひ兵起しに、道明寺の合…
有馬 第九下 · 1
- p016…勢を引具し、馳せ向ふ、同二月廿七日、藏人康純、郞等一人引具し、先を駈け、水野美濃守勝俊と、先を爭て、詰の城に攻め入る、左衛門佐直純、軍勢を引率して、押寄せ攻め…지면 美濃守(美作守)
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히