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近江箕作城
본문 표기 箕作・箕作の城・近江の國箕作の城
松平(藤井) 第二 · 7
- p001…日、信一、織田殿の御陣に馳參る、此時、信長は近江の佐々木義賢入道承禎が、箕作の城せめあぐみて、是程の小城をせめて、日を費さん事、いはれなし、只都にのぼれ…
- p002…按するに安土日記に、九月十一日、信長愛智川の邊に陣し、佐々木が觀音寺箕作二つの城へ押寄て、佐久間淺井木下丹羽して、箕作を攻めしに、申の刻より夜に…
- p002…の邊に陣し、佐々木が觀音寺箕作二つの城へ押寄て、佐久間淺井木下丹羽して、箕作を攻めしに、申の刻より夜に入て、攻落すと、しるして、信一が事をのせず、信…
- p002…も紋とす、彼道服に有し紋なればなりと云云、按ずるに安土記に、信長の手より箕作をせめ落しゝと書きしは、我家の功にせんとて、しるす成へし、增補の說の如く…
- p002…攻おとさずんば、生て歸らじといひて、忽に攻め落しゝとも申也、織田家譜に、箕作おとしゝを、勘四郞信吉としるせり、誤れるにや、信吉は信一が子なり、…
- p003…斯て箕作落しかば、十八箇所の城々、次第に落て、信長都に入たまひしに、織田上野介の…
- p003…り給へば、寄手ちり〱に成て迯失ぬ、信長いそぎ信一を召て、いかに信一、今度箕作の城攻おとし、又今日の狼籍を鎭められしこと、類ひ希なる振舞ひかな、せいは小い…
前田 第七上 · 1
- p002…、此時始て信長の勘氣を免されしといふ、いづれが實なる、同き八年九月、近江の國箕作の城を攻めらる、利家使を承り、先陣に行向て、眞先に首取て歸る同き十年母衣武者…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히