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龍造寺氏
본문 표기 龍造寺
鍋島 第八上 · 8
- p001…になして、駿河守に受領させ、本莊八十町の地を與へたり、按ずるに、大友少貳龍造寺鍋島四家、共に同流の藤氏なり、秀鄕四代の孫相摸守公光と云ふは、是れ龍造寺…
- p001…龍造寺鍋島四家、共に同流の藤氏なり、秀鄕四代の孫相摸守公光と云ふは、是れ龍造寺が祖なり、公光の弟近江守脩行より、四代近藤武者景賴が嫡子を近藤武者所能成…
- p001…鎭西に止り、龍造寺に住す、季喜十二代の後胤山城守家兼たり、此流をば水江の龍造寺と名づく、家兼が嫡子豊前守家純が子を、六郞次郞周家と云ふ、周家が子山城守…
- p002…、同八郞親貞、今山に陣取つて、諸方の寄手、明日既に佐賀の城を攻めんとす、龍造寺が家、滅ぶべきこと、此時に極りぬ、此夜左衞門大夫信生、隆信を勸めて、親貞…
- p004…小早川隆景、此時初て信生に對面し、信生の名譽、兼ても承り及ふ所なり、毛利龍造寺兩家の好み、結ぶべき見參のしるしに候とて、肥前の國養父郡三百町の地を以て…
- p004…邊にて討れ死す、隆信時に五十六歲其子民部大輔政家、いまだ幼きまゝ、龍造寺が家、既に亡ひんとす、家子郞等、相謀りて、急き信生を佐賀の城に迎へ入れ、…
- p004…戰ひ負け、降人になつて參りしかば、九州二嶋悉く平均に屬したり、政家直茂、龍造寺が本領たぶ、政家いまだ年若し、直茂政務を沙汰すべきよしの仰を承る、其後政…
- p005…子季明訴ふる事ありて、奧の會津に流されて、六十三歲にして終に彼處に死し、龍造寺が家長く絕えぬといふ、精しき事を知らず、…
有馬 第九下 · 3
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히