家忠日記史料本文データベース

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家忠日記

深溝松平家の松平家忠(1555〜1600)の自筆の日記です。天正5年(1577)10月から文禄3年(1594)9月まで、家忠の23歳から40歳にあたります。原本(自筆7冊)は駒澤大学図書館の所蔵で、重要文化財に指定されています。

底本

『家忠日記』6冊(文科大学史誌叢書、坪井九馬三・日下寛 校訂、吉川半七、1897)。家忠の自筆を摹写して木版に起こした本で、活字本ではありません。刊本の緒言によれば、原本の7冊を6巻に分け直し、原本にある家忠の図もあわせて刻しています。このデータベースはこの1897年刊本の紙面の翻刻で、原本(自筆本)とは照合していません。

第一冊の巻頭にある緒言・「松平家忠譜」・略系(1897年の校訂者の文)は本文の範囲外とし、翻刻していません。緒言は原本の伝来(華族松平忠和の秘蔵本)、6巻への分け直し、図の摹刻、欠けた箇所の記号、二種の写本の参照などを述べています。「松平家忠譜」は寛政重修諸家譜による家忠の略伝です。

臨川書店の増補続史料大成本(1968)などの後の翻刻の本文は使っていません。

翻刻の表記

注記

底本の誤りと判断できるもの(同じ本の中の用例、暦日と前後の日の干支の並び、校訂者注記などから正しい字が決まるもの)46か所に注記を付けています(本文の点線と番号)。紙面の字は改めていません。家忠の筆の段階の誤りか、版木の段階の誤りかは区別していません。判断を保留したものは注記していません。

暦日

各条の日付は、紙面の年月の表示(「天正六年戊寅正月大」「霜月」など)を引き継いで年月を決めています。西暦は紙面の年月日を暦日に換算したもので、1582年10月15日より前はユリウス暦、それ以後はグレゴリオ暦です。各条には底本の日干支と暦日の干支の照合結果(干支一致・干支不一致など)を示します。日付の数字が欠けた条は日干支から日を推定し、その旨を表示します。
出典:国立天文台 日本の暦日データベース (C) NAOJ

日干支のずれる区間

全5,901条のうち、底本の日干支が暦日の干支と一続きにずれている区間が次の3か所あります。どの区間でも日付は紙面の月日のとおりとし、干支は訂正していません。区間の中の条には、この説明を表示しています。

日干支のずれる区間『家忠日記第二』の天正10年10月15日〜天正10年12月24日(69条)。 この区間では底本の日干支は、地支は暦日と同じで、十干が二つ先(暦日の干支より12日分後の干支)になっています。原因はこの本の中だけでは決められないため訂正はせず、本データの日付・西暦は底本の月日によっています。

日干支のずれる区間『家忠日記第三』の天正12年7月1日〜天正12年11月12日(130条)。 この区間では底本の日干支は暦日の干支より一日分前の干支になっています。原因はこの本の中だけでは決められないため訂正はせず、本データの日付・西暦は底本の月日によっています。

日干支のずれる区間『家忠日記第四』の天正16年2月16日〜天正16年2月27日(12条)。 この区間では底本の日干支は暦日の干支より一日分前の干支になっています。1897年刊本の校訂者もこの区間に注記「干支錯誤至廿七日」を加えています。原因はこの本の中だけでは決められないため訂正はせず、本データの日付・西暦は底本の月日によっています。

誤りのご指摘

本文の誤りなどお気づきの点は、メール(historyfoliox@gmail.com)または X(@historyfolio)でお知らせください。該当の条のID(i3.0100 など)を添えていただけると確認が早くなります。