天正10年11月 1582年
日干支のずれる区間『家忠日記第二』の天正10年10月15日〜天正10年12月24日(69条)。 この区間では底本の日干支は、地支は暦日と同じで、十干が二つ先(暦日の干支より12日分後の干支)になっています。原因はこの本の中だけでは決められないため訂正はせず、本データの日付・西暦は底本の月日によっています。
霜月小
67右一日戊辰
二日己巳
三日庚午
四日辛未うす口筋ニ取出普請候間明日善光寺迄陣替候へ之由申來候
五日壬申善光寺迄越候
六日癸酉むかい山迄陣替候
七日甲戌勝山取出普請候
八日乙亥雨降
九日丙子普請候
十日丁丑同
十一日戊寅雨降同図黑塗りの壺、肩に白い文樣帶
十二日己卯同 誹諧之發句元日 春やしる今日より梅の匂ひ十月 ひろ袖や誰かふして猶も神無月九月 かしめとは人こそ菊の盛り同 かる袖も菊はくちまれあらせハ三月 名ましをりて出る人あへよ犬櫻
十三日庚辰同
十四日辛巳同
十五日壬午同 雨降
十六日癸未同
十七日甲申同 夜雨降
十八日乙酉同
十九日丙戌同
廿日丁亥同 家康より鷹給候
廿一日戊子同 四月 行舟の夜の山てりける
廿二日己丑同
廿三日庚寅同
廿四日辛卯同
廿五日壬辰同
廿六日癸巳同 雨降夜ハ雪也夜をひく海上ろゝは興津にてよゑをすゝけと君ハ音せん
廿七日甲午同 家康よりさけ給候
廿八日乙未同 雨降
廿九日丙申同 雨降