天正20年6月 1592年
六月大
13右一日己丑會下へ參候平右衞門江戶より歸候高麗國繪圖越候大方納之由候
二日庚寅
三日辛卯藤代所持寄連歌候與五左衞門發句 家忠夜の秋ハいつこに月の入さ哉
四日壬辰
六日甲午雨降 鵜殿八郞三郞煩大事ニ候由申來候又堀川より早々越候て見舞候へ之由候
七日乙未鵜殿八郞三郞夕死去候由申來候初ふり八日市場候
八日丙申八郞三郞とふらいて堀川へこし候村雨ふる
九日丁酉雨降
十日戊戌雨降
十一日己亥〓〓降 子共屋や作鵜八郞三郞くさミうふういあふニ枝ニての袴越候
十二日庚子會下へ參候雨降さん里やい火候鵜八郞三跡職之儀ニ內記江戶へつかハし候
十三日辛丑雨降土用ニ入ろつさ知行より年貢こし候
十四日壬寅初さゝけ修理孫左衞門
十五日癸卯藤代にて持寄連歌候十郞左衞門發句 家忠山遠く見てさへ涼し瀧津波
十六日甲辰會下へ參候竹谷松平玄蕃頭死去之由候初茄菊平所よりこし候江戶より內記歸候下殿跡職之儀〓礼
十七日乙巳
十八日丙午夜更行にて持寄連歌候半左衞門發句夕立家忠雲ふかうき秋や川上瀨わたる
十九日丁未外屋敷ニ竹うへさせ候
廿日戊申中間矢まき飲にて人をうたんこり候をきりニうけ候
廿一日己酉夜更にて持寄連歌候九七發句 宅廣すゝし宵の月に明行夜の雲
廿二日庚戌會下へ參候下野殿八郞三郞宛知行分候十三郞煩候由申來候
廿三日辛亥十三郞煩見舞ニ六左衞門こし候下宛知行分もミ候て歸候
廿四日壬子夜更十三郞見舞ニこし候
廿五日癸丑當社にて連歌候神領田壱反付け候發句神やうへし淸く涼しき庭の松 正佐夕ころ風になひくしらゆふ 家忠
廿六日甲寅
廿七日乙卯
廿八日丙辰図輪郭線のみの小さな形渡り候
廿九日丁巳十三郞煩能候由六左衞門歸候江戶より來月五日 普請はしめ候間越候へ之由文ゟ
晦日戊午家中女房衆振舞候
注記
- 日干支壬辰 — 底本の日干支「壬辰」。「癸巳」の誤りか(暦日の干支は癸巳。底本は前日四日と同じ干支)。 i6.0152