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○太田持資歌道に志す事

卷之一 第13話 · 段落 8 · NDL 1078984 31コマ L

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太田左衞門大夫持資は上杉宣政の長臣なり。鷹狩に出でて雨に逢ひ、或小屋に入りて蓑を借らんと言ふに、若き女の何とも物をば言はずして、山吹の花一枝折りて出しければ、花を求むるに非ず、とて怒りて歸りしに、是を聞きし人は、其れは、
七重八重花は咲けども山吹のみの一つだに無きぞ悲しき
といふ古歌の意なるべし、といふ。持資驚きて其より歌に志を寄けり。宣政下總の廳南に軍を出す時、山涯の海邊を通るに、山上より弩を射懸けられんや又潮滿ちたらんや計り難し、とて危みける。折ふし夜半の事なり。持資、いざ我見來らんとて馬を馳出し、軈て歸りて、潮は干たりといふ。如何にして知りたるや、と問ふに、
と詠る歌あり。千鳥の聲遠く聞えつ、と言ひけり。又何れの時にや、軍を返す時、是も夜の事なりしに、利根川を渡らんとするに、暗さは暗し淺瀨も知らず。持資又、
雪玉實隆の歌に、雨に著るみの無しとてや山吹のつゆにぬるゝは心つかじを袖中後拾遺和歌集小倉の家に住み侍る頃、雨降り侍りける日、蓑借る人の侍りければ、山吹の枝を折りて取らせて侍りけり。心も得でまかり過ぎて、又の日山吹心得ざる由言ひおこせて侍りける。返に言ひ遣しける。兼明親王、七重八重花は咲けども山吹のみの一つだに無きぞあやしきかなしき歟