常山紀談本文データベース

目次 › 卷之一 › e016

○輝虎私市城を攻められし事

卷之一 第16話 · 段落 1 · NDL 1078984 33コマ R

人物地名家(氏)官職日付索引へ

輝虎武藏の私市の城を圍まれし時、此城は後に大なる沼有りて堅固の地なり。本丸を外より見ゆるやうに築きたりけるを、打巡り見られしに、本丸より二の廓に移る廊下の橋、簀子にて作りたるに、地白の帷子着たる人の顏、水に映ろひ見えたり。地白の帷子といふは、地を白く紋を黑く染めたる物にて、其比女の多く着たる物とぞ。輝虎是を見る事三度に及べり。斯れば本丸には人質の女童を籠め置つると察し、軈て柿崎和泉に下知して大手を攻めさせられけり。城中あはや唯今攻めらるゝと言ふ程に、我先にと防ぎける。其隙に近きあたりの民屋を壞ち、筏に組みて後の沼に打入れ、閧の聲を擧げ臆き叫ぶ1。本丸の女童大に驚き騷いで、二の廓を指して逃迷ふ。大手に有りて防ぎける兵共、さては內通の者有りて、本丸を打破られたると思ひ、或は自害し或は降人となる。輝虎の謀によりて、力を勞せずして城忽落ちたりけり。
  1. 誤植 — 底本「臆」。振り仮名「をめ」から「喚」の誤植か。