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○大友義鎭肥前國退口の事

卷之三 第22話 · 段落 1 · NDL 1078984 72コマ R

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元龜元年の春大友左衞門督義鎭、肥前の龍造寺山城隆信を討つ。隆信和を乞ひしかば、大友兵を加へず。肥前と筑後の堺に千栗と言へる大川あり。吉岡下總入道宗觀と言ふ者、龍造寺は大敵なり勝負も分れず、故無く和を乞ひしは謀有るべし。千栗を渡らん事手易からじ、と言へば、義鎭も尤なりとて、豐後の留守に置きたる佐伯紀伊守惟敎、其の子彈正少弼惟眞、田原近江入道紹恩を呼び寄せ、六千の兵を二陣として、千栗の渡に備へて川を渡る。隆信は謀りて敵の引退かん所を不意に擊たんと謀りしに、大友の設け有る事を聞きて追はざりしとなり。