e125.p01校訂済104L:12–12105R:1–2別辻彌兵衞盛昌は天正三年の勘氣にて、七月甲州を出でて、信州小諸の與良遠江が許に忍び居たりしが、勝賴亡びて後、德川家に仕へ奉る。甲陽軍鑑に、勝賴天目山に落ち行く時、辻一揆の長となりて攻めたる由を錄されたるは非なり。