e215.p01校訂済169R:2–4別勝賴亡びて後、東照宮甲斐を治め給ふに、法度は信玄より川ふる1處を改め易ふる事勿れ。年貢は少く納めん、と仰出されしかば、百姓大に悅び合へり。小田原亡して後、地を治め給ふも又同じ。諸民大に悅び、數百年の恩義相結べるに同じかりき。誤植川ふる — 底本「川」。「用」の誤植か(「用」の横画欠け)。