e537.p01校訂済398R:10–12398L:1–2同役淸正家來矢木八右衞門と云ふ者、晉州の城攻の時、具足の綿嚙に矢を射附けられ、取りて拔きけれども、矢柄許拔けて根は止りけれども、その場急なる故に其儘城へ乘込み、扨その夜陣屋へ歸り矢の根を拔きけれども、肉に喰しめて拔けざる故、手負を足に蹈附けて矢の根を鐵鋏を以て漸々拔きたりとなり。或老功の者云ひしは、矢根を當坐に拔かざる時は、肉に食しめ不㆑拔物、といへり。