備前少將光政の士上泉治部左衞門義鄕は、上泉主水が甥にて、大坂兩度の役にも武功あり。老年の頃池田信濃守政言光政の二子也上泉に、具足箱に利方よき制法有りや。聞置きて家中の士にも言聞せん、と尋ねられければ、上泉答へて、笈にも仕り擔にも仕り候が、有り來る鎧筐を用ひんに、如何樣にても害なく候。關ヶ原大坂兩度の役、天下諸軍馳集り候に、種々の品有りて、是ぞ利有りと申すことは承らず候。重きに害有りて輕きに利有り候へども、之ともに軍行は定法有りて、左のみ遠路を押すことなければ、必ず憂とするに不㆑足。笈は山林繁茂の地に利ありと申候へども、具足箱さへ持ち行くに不自由なる地へ、大人數を押入れて何の益有るべきや。たゞ有るに任せて用ひよ、と被㆑令、然るべく覺え候となり。