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○島原攻並河九兵衞足輕下知の事

拾遺 卷之四 第22話 · 段落 1 · NDL 1078984 432コマ L

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寬永十四年、肥州島原の賊起りし時、寺澤兵庫頭の士賊と河內浦に戰ふ。寺澤家の鐵炮の將、足輕を下知し打するに、立ちながら令㆑打故悉く北走る。偶打放せども敵を恐れて面を上げず。俯打つ故鉛子は虛空にとんで賊に不㆑中。並河九兵衞は足輕を折敷せ、膝架にて打たせし故一人も不㆑得㆑退、隊不㆑亂。俯て放せども、鉛子不㆑高して他の足輕の打しは異なり。これ定めがたき法にして左のみ奇策といふにあらず。大坂落城元和元年よりこの時迄、年月相去ること二十三年の間すら、武事に疎かりし事如㆑此。況や泰平已に百有餘年、常に是を論じ是を習ふとも、或は其傳亡せ其理を違へて、末迷ひなき事不㆑能、必ずしもゆるかせにすべからず。