寬永十四年、
肥州島原の賊起りし時、
寺澤兵庫頭の士賊と
河內浦に戰ふ。
寺澤家の鐵炮の將、足輕を下知し打するに、立ちながら令
㆑打故悉く北走る。偶打放せども敵を恐れて面を上げず。俯打つ故鉛子は虛空にとんで賊に不
㆑中。
並河九兵衞は足輕を折敷せ、膝架にて打たせし故一人も不
㆑得
㆑退、隊不
㆑亂。俯て放せども、鉛子不
㆑高して他の足輕の打しは異なり。これ定めがたき法にして左のみ奇策といふにあらず。
大坂落城
元和元年よりこの時迄、年月相去ること二十三年の間すら、武事に疎かりし事如
㆑此。況や泰平已に百有餘年、常に是を論じ是を習ふとも、或は其傳亡せ其理を違へて、末迷ひなき事不
㆑能、必ずしもゆるかせにすべからず。