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佐々家臣佐々平左衛門
本文表記 佐々平左衞門・平左衞門・佐々平右衞門
前田利家末森城後卷合戰の事 卷之七 · 6
- p02…三州を賜はり候へ、と信雄に相約し、又さら〱越より富山に歸り、佐々平左衞門、神保安藝守と相計り、成政の二人の女有りし中、一人は秀吉へ人…
- p02…人質に出し置きたりしかば、其妹を利家の二男利政に妻す可き由を平左衞門して言せしかば、兩家緣を結び目出度し、と言ひ合へり。天正十二…
- p02…結び目出度し、と言ひ合へり。天正十二年七月二十三日、成政の使佐々平左衞門金澤に赴き、祝ひの物取揃へ相贈りけり。利家篤實の人なれば、成…
- p02…餘りにて守らしめん爲め柵を附け廻る處に、八月二十八日成政より佐々平左衞門、前野小兵衞に五千の兵を指添へて押寄せたり。加賀の者共居住の…
- p02…右衞門、丹羽源十郞を籠めたり。成政も倶利加羅の嶺に城を構へ、佐々平右衞門二千餘、利波の城には前野小兵衞に二千、靑山の城には國士菊地伊…
- p02…日成政末盛へ押寄せ、二里許傍の坪井山に切所を前に當てて陣し、佐々平左衞門、山下甚八、前野小兵衞を始として八千餘攻寄せ、外構の町家に火…
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