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加藤嘉明家臣河村権七郎
本文表記 河村・河村權七郞
河村權七郞が事 卷之十五 · 12
- p01…關ヶ原の亂の時、加藤嘉明の北の方大坂に有りしかば、河村權七郞を伊豫の松前より大坂に遣りけるに、忍びて屋敷に至り北の方に相…
- p01…に、細川忠興の北の方自害の後、人質を奪ひ取る事止みたりけり。河村に二百石の祿を增與へられしに、後河村言ひけるは、大坂川口の守…
- p01…奪ひ取る事止みたりけり。河村に二百石の祿を增與へられしに、後河村言ひけるは、大坂川口の守り固く、中々通るべき樣無きを、尼ヶ崎…
- p01…られ、不慮の事有らば取卷きて攻殺さん、と言合へり。其比夜更て河村、嘉明の屋敷の門を叩き、靑木佐右衞門を呼出す。靑木怪み、立出…
- p01…敷の門を叩き、靑木佐右衞門を呼出す。靑木怪み、立出でて見るに河村なり。こはそも如何なる事ぞ、といふ。河村、事新しきやうなれ共…
- p01…怪み、立出でて見るに河村なり。こはそも如何なる事ぞ、といふ。河村、事新しきやうなれ共、君に仕ふる者の忠を致すは常の習なり。然…
- p01…ければ、斯くと申したりとも許されじ。疾く歸られよ、と言へば、河村、臣たる者の義を知られなば河村はなど來らざるやと言はる可きに…
- p01…れじ。疾く歸られよ、と言へば、河村、臣たる者の義を知られなば河村はなど來らざるやと言はる可きに、門內にだに入れず、疾く歸れと…
- p01…よ、とて軈て寢所に召出されしが、一目見るより淚を流されしに、河村も淚に咽び、君臣暫詞も無かりしが、河村、思も寄らず殿の御前に…
- p01…るより淚を流されしに、河村も淚に咽び、君臣暫詞も無かりしが、河村、思も寄らず殿の御前に出づる事よ。今生の思ひ出に候、と申す。…
- p01…と申す。嘉明、汝が志言はん樣も無し、と悅ばれけり。夜明けて、河村こそ來れ、とて下部迄言ひ囃し、大軍の援有るが如く勇みけり。嘉…
- p01…與へられけり。程無く病死しければ、奧州四十萬石に成られし時、河村、存命へたらんには國政の輔佐たらんに、と嘆かれしとかや。…
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