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加賀国津幡
本文表記 津幡
前田利家末森城後卷合戰の事 卷之七 · 9
- p01…出づるを今宵の功と爲可し、とて富田與五郞後越後守に、汝津幡に行きて不破彥三に末森の後卷の先手せよと言へ、と下知せらる。…
- p01…つて懸り打勝つべし。奧村討たせなば生き甲斐無し、と言ひつゝ、津幡の町を北へ打過ぎられたる時、富田乘り來る。津幡は金澤より四里…
- p01…、と言ひつゝ、津幡の町を北へ打過ぎられたる時、富田乘り來る。津幡は金澤より四里餘の行程なり。利家、汝何處くに寢て有りけるぞ、…
- p01…。利家、汝何處くに寢て有りけるぞ、と罵らるゝを、富田聞きて、津幡に馳附き不破が門を叩き申し渡し、不破物具著て候を見て打出で候…
- p04…待る可きや、と言はれしかば城に入られしに、利長戌の刻ばかりに津幡に馳せ著かれけり。利家悅んで、吾成政と若き頃より數度の軍に逢…
- p04…れば、是を聞く人々、天晴剛の者なり、と云ひ合へり。川尻よりは津幡に人を附けて窺はするに、馳歸りて、前田父子津幡まで出でたれど…
- p04…り。川尻よりは津幡に人を附けて窺はするに、馳歸りて、前田父子津幡まで出でたれども、後卷有べしとは見えず、と言ふを聞きて、神保…
- p04…はり一萬許に成りにけり。又不破村井を先陣として濱邊に指掛り、津幡に馬を入れられしかども、成政は津幡に押寄せずして引取りけり。…
- p04…を先陣として濱邊に指掛り、津幡に馬を入れられしかども、成政は津幡に押寄せずして引取りけり。佐々が軍兵金の熨斗の指物したれば、…
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