索引:人物 › 大河内政房
大河内政房
本文表記 政房・大河內源三郞政房・大河內政房・大河內・肖空
大河內政房節義の事 卷之四 · 7
- p01…勝賴高天神の城を圍まんと師を出す。小笠原與八郞長忠、軍の目附大河內源三郞政房と相議して防ぎけり。東照宮後詰を信長に乞はせ給ふ。勝賴城の巽…
- p01…戰功を捨てさせ給ふ、と怒りて七月二日城を出て降參す。軍の目附大河內政房は、應政公の妾華陽院の甥なり。勝賴に降らざりしかば、小笠原生…
- p01…ふべし、と說かせけれども志を變ぜず。勝賴怒つて牢の口を鎖す。政房、此年より高天神落城に及ぶまで八年の間牢中に在り。甲斐の士、…
- p01…間牢中に在り。甲斐の士、橫田甚五郞高天神に來りて在番せしが、大河內が節義を深く感じ、殊に懇に勞りたり。斯くて東照宮高天神を攻め…
- p01…脫て甲府に落ち行きけり。城落ちければ石川伯耆守數正城に入りて政房を搜し出す。牢中に年久しく有りて足痿えければ、筵に乘せて東照…
- p01…、とて御淚を流され、御手づから刀、脇差、黃金を與へらるゝに、政房生虜れし事を口惜く思へる色現れしかば、人々、敵の虜となる事は…
- p01…なりたり、と口々に言ひけるが、猶も其の心に憤りけん、剃髮して肖空と稱せしが、仰によりて尾張の津島の湯に浴し、足の痿も癒えけれ…
この索引は編者の判断による比定を含みます。詳しく