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宇喜多国定
本文表記 大和守・浮田大和守・大和
比定未確認:同定の根拠が十分でない項目です。
馬場重介武功の事 卷之十 · 5
- p01…稱しぬ。重介稚名を岩法師と言ひて、十三歲にて邑久郡戶石の城主浮田大和守に奉公し、天文十四年浮田直家は乙子の城に在りて大和と軍あり。…
- p01…城主浮田大和守に奉公し、天文十四年浮田直家は乙子の城に在りて大和と軍あり。直家の士池田太郞三郞と岩法師東北地村荷蓋の畠にて鎗…
- p01…畠にて鎗を合せ、疵を蒙りて、戶石の城に歸る。今年十四歲なり。大和守膝に抱き上げて、疵の口を自ら吸はれけり。無雙の剛の者なりとて…
- p01…とも爲ず、敵を追ひ拂ひて歸れり。天文十七年赤坂郡鳥取の砦を、大和守攻めて軍あり。二郞四郞膝の口を箆深に射させ、二町許引き退きた…
- p01…に泉養坊といふ山伏來て、其矢を拔けば、足萎へて步む事能はず。大和守の馬に乘りて二三町引き退きたりしかども、馬を返してければ、味…
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