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安芸国宮島
本文表記 宮島
毛利元就嚴島合戰附盲人間者の事 卷之一 · 10
- p01…きて悅ぶ事限なし。元就また或夜軍評定せられけるが、敵大軍にて宮島に押渡らば如何はせん、是ぞ吾亡ぶべき運の極みと覺ゆるなり。又…
- p01…ける。是れは陶を防がん地に櫻尾の城ならでは然るべき要害なし。宮島に渡らば乘り來る船を燒きたて、歸路を塞ぎて軍すべしと思ひける…
- p01…べしと思ひける故なりけり。盲法師斯くと陶に告げければ、然らば宮島を攻なん、といふ。弘中參河守隆包然るべからずと言へ共、陶は弘…
- p01…が二心を疑ひて聞き入れず。弘治元年十月、四萬餘大船にと乘りて宮島に打渡り、四方を取り圍みたり。元就も今度は十死一生の軍と思ひ…
- p01…千許の兵にて後卷せられけり。是に地御前の祝日每に蛤船に乘り、宮島に渡りけるを近づけ、心を合せ、士一人祝のまねさせ、宮島に渡ら…
- p01…乘り、宮島に渡りけるを近づけ、心を合せ、士一人祝のまねさせ、宮島に渡らせらる。陶が者共、元就は如何にと問ふ。祝、さん候。元就…
- p01…候。元就は草津廿日市へ陶殿押寄せたまはんには勝利なるべきを、宮島を攻めさせ給ふ故手段空しくなりぬとて、火立浦に呆れて御座し候…
- p01…洲屋明神の前より船より上り、天本の御前を多寶如來の側を通り、宮島の町口へ向ふべし。一手は吉田郡山の百姓儕五千餘に嫡子隆元を大…
- p01…駄共を先づ返して引退く體にもてなし、日も稍暮れければ俄に唯今宮島へ渡り、思ふ敵を討取るべし。疾く船に乘るべし、と下知し、ひた…
- p01…北風烈しう吹きたりければ、追手の風ぞと勇み進んで、亥の刻許に宮島の西に著きて陸に上り、船をば一艘も殘らず火立浦に返されけり。…
元就伊豫の河野に船を借られし事 卷之一 · 2
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