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小寺政職
本文表記 小寺・小寺藤兵衞政職・主君
小寺黑田始末の事 卷之五 · 10
- p01…美濃守職隆後宗圓と稱すは備前國福岡の人なりしが、播磨の小寺藤兵衞政職に仕へて、子官兵衞孝隆後如水と稱す共に功名有て用ひられ…
- p01…て用ひられけり。播州は其比所々に人々地に據りて守り軍せしが、小寺は五著に有りて姫路に小城を構へ、黑田父子此處に有りて、秀吉に…
- p01…秀吉の居城近江の長濱に置きたり。此比毛利家の兵勢强かりしかば小寺約を變ぜんとす。孝隆、此は然る可からず。信長物荒き人なれ共、…
- p01…隨ふべし。松千代を棄つるを悲み、斯く申すに非ず、と諫めけり。小寺聞き入れず、孝隆父宗圓に父子共誅せられぬべき密謀を告ぐ。宗圓…
- p01…ずる旨は誠に理なれども、今病と言はんに實とは聞き入れじ。必ず主君に叛くと人に誹られん事士の志に非じ。君に深く思ひ入りたる忠の…
- p01…重は毛利に屬し、信長と戰ひ利あらずして有岡の城に引籠る。此由小寺聞きて孝隆を呼びて、我毛利に與すべきとは內々荒木と言ひ交した…
- p01…つるは義を思ふ故なり、とて見送りしかば、孝隆有岡に赴きたり。小寺兼て村重に密に毛利に一味すべきに、黑田父子人質の松千代を信長…
- p01…本丸に呼び入れ生虜りて牢に押込みけり。五著に此由聞えしかば、小寺僞て齒嚙をなし、荒木が狼藉の次第遺恨深し。然れ共此上は信長に…
- p01…て官兵衞が女房をば潛に此比引取り置きたり、とて驚かず。村重は小寺に賴まれて孝隆を生虜たれ共、己が仇にも非ざれば勞り置けり。斯…
- p01…に行き、偖て姫路に歸る事を得たり。秀吉播州に攻め入るに及びて小寺は但馬に落ち行き、黑田父子危難を脫るゝ事を得て、孝隆に宍粟郡…
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