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平松重之
本文表記 平松・平松金次郞重之・金次郞
平松金次郞始末の事 卷之六 · 26
- p01…平松金次郞重之、甲州の溫井と同じく天龍川を渡る。平松先達つて陸に上り、船に…
- p01…平松金次郞重之、甲州の溫井と同じく天龍川を渡る。平松先達つて陸に上り、船に殘れる從者、温井に無禮の事有りて忽ち切…
- p01…、船に殘れる從者、温井に無禮の事有りて忽ち切り殺しけり。扨て平松に斯くといふ間もなくて、と云ひければ、無禮する者は我も捨て置…
- p01…云ひければ、無禮する者は我も捨て置かじ、とて色も變ぜず。人皆平松を誹りける處に、幾程もなく長久手の軍に、平松と鳥居金次郞と先…
- p01…色も變ぜず。人皆平松を誹りける處に、幾程もなく長久手の軍に、平松と鳥居金次郞と先を爭うて鎗を合はす。平松が相手は森武藏守長可…
- p01…もなく長久手の軍に、平松と鳥居金次郞と先を爭うて鎗を合はす。平松が相手は森武藏守長可の士山田八右衞門とて、始め播州三木の城主…
- p01…門とて、始め播州三木の城主別所長治に仕へて、名高き勇士なり。平松肥え太りて小男なりしかば、東照宮、さぞ走り廻り不自由ならん、…
- p01…郞とて秀次に仕へしが、秀次に申して一萬石の祿にて招かれけり。平松是に約し京に赴く時、心易き朋友に暇乞して立ち去りけるを聞こし…
- p01…乞して立ち去りけるを聞こし召し、追々討手を出させ給ふ。大剛の平松なればとて、第一番に渡邊半藏、續いて河村善七郞、大久保與一郞…
- p01…保與一郞、坂部治兵衞、段々に追つかけける。坂部袋井にて逢ふ。平松は久能へ行く本坂越に遠州可睡齋に曹洞宗の禪寺立ち寄ると…
- p01…。道の別れ際にて、久しく逢はじ、と馬より下り暇乞する時、坂部平松を一太刀斬りたるに、如何したりけん、切り外しければ、平松坂部…
- p01…坂部平松を一太刀斬りたるに、如何したりけん、切り外しければ、平松坂部が眉間を切る。坂部眩みけれども、さしもの者にて、落人あり…
- p01…人あり打留めよ、と呼はるを聞き、近所の鄕民群り出づるにより、平松可睡齋に入りたるを取り圍み、橫須賀よりも馳せ集り、寺を取卷き…
- p01…りたるを取り圍み、橫須賀よりも馳せ集り、寺を取卷きけれども、平松は爰に居らず、といふを、小僧を捕へて責め問ふにより、平松、何…
- p01…も、平松は爰に居らず、といふを、小僧を捕へて責め問ふにより、平松、何方へも逃ぐる者に非ず。爰にて腹切らん、とて立ち出、坂部三…
- p01…非なく切りたり、と云ふ。三十郞聞きて、治兵衞疵淺し、と答ふ。平松、吾斬る程にて助かるべきや。日比の交故止は刺ざりき、というて…
- p01…故止は刺ざりき、というて腹切る時、三十郞、介錯せんとすれば、平松、治兵衞を吾が手にかけ、今汝に首を討たれんは心よからず、とて…
- p02…又一說に、平松は度々口論の時後れ有り。殊に遠州新井の渡り舟にて、柏原新五郞…
- p02…度々口論の時後れ有り。殊に遠州新井の渡り舟にて、柏原新五郞、平松が從者を討ちたるに、おめ〱として有ければ、人々嘲笑ふ。東照宮…
- p02…として有ければ、人々嘲笑ふ。東照宮聞し召し、人は何ともいへ、平松が眼ざし剛の者なり、と仰せられしが、果して長久手にて懸り兼ね…
- p02…の者なり、と仰せられしが、果して長久手にて懸り兼ねたる處に、平松茜の羽織を著、十文字の鎗を提げ、進み出、池田家の軍兵の眞中に…
- p02…今は早思ひ殘す事なし。誰にても出でられよ、撫切にすべし。昔の金次郞とな思はれそ。殊の外暴者に成りたり、と大言しけるに、一人も答…
- p02…。殊の外暴者に成りたり、と大言しけるに、一人も答ふる者なし。平松が勇名高く聞えて、先年天王寺勝曼の鎗、貝殼塚の鎗、備前八濱の…
- p02…天王寺勝曼の鎗、貝殼塚の鎗、備前八濱の鎗をこそ言ひ傳へたれ。平松が鎗は近き頃稀なり、と世の人賞しけり。秀次一萬石にて招かれし…
- p02…近き頃稀なり、と世の人賞しけり。秀次一萬石にて招かれしかば、平松立ち退きたるを聞し召し、小栗又市、渡邊半藏、河村善七郞、坂部…
- p02…に出させ給ひ、岡崎へ早飛脚にて、本多作左衞門にも御下知有り。平松遂に袋井の北なる可睡齋にて自害すともいへり。…
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