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河合半左衛門
本文表記 半左衞門
渡邊數馬報讐始末の事 卷之二十四 · 10
- p03…由いひて死しぬ。豐後が方に告げければ、數馬も豐後も又五郞が父半左衞門方に行き、對面すべし、と言へ共、門を固く鎖して入得ざりける。…
- p03…入得ざりける。中に長臣荒尾志摩、忠雄の近習加藤主膳駈來りて、半左衞門は二人して受取りぬ。忠雄、半左衞門をば菅權之介に預けられけり…
- p03…雄の近習加藤主膳駈來りて、半左衞門は二人して受取りぬ。忠雄、半左衞門をば菅權之介に預けられけり。半左衞門初は安藤對馬守重信に奉公…
- p03…二人して受取りぬ。忠雄、半左衞門をば菅權之介に預けられけり。半左衞門初は安藤對馬守重信に奉公せしが、故有りて忠雄懇にせられしに、…
- p03…初は安藤對馬守重信に奉公せしが、故有りて忠雄懇にせられしに、半左衞門口論して相手を斬り、出奔して渡邊數馬が許に來りしを、潛に匿し…
- p03…し身なれば、又五郞を出して、腹切すべきものと忠雄思はれしに、半左衞門は更に其志に非ずして、又五郞江戶に行きけるを、安藤治右衞門匿…
- p03…人なれば、治右衞門に斯くと言はれけるに、治右衞門申しけるは、半左衞門を渡されなば其儘又五郞を出すべし、との事にて、此旨を兩人忠雄…
- p03…又五郞を請取り出すべき、との起請文を忠雄に出す。さらばとて、半左衞門を江戶に召下して取替ふべし、との事に及びて治右衞門朋輩共申す…
- p05…三家の御方和平の取計ひ有りけれども、未だ事遂げず。半左衞門は池田備中守長幸の許にあり。斯る處に忠雄痘瘡を病みて卒去あり…
- p05…夫輝興、三家の御方に訴へ申す旨ありけるに、長幸も卒去ありて、半左衞門は松平阿波守忠英請取りて、阿州に赴く道にて死す。安藤を始め咎…
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