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片倉重長
本文表記 片倉・片倉小十郞
眞田昌幸父子三人始末の事 卷之十七 · 6
- p16…と人々怪む所に、信仍堤の上に上り鐵炮を進めて、伊達政宗の先陣片倉小十郞に向ひて討て懸る。信仍眞先に進みて鬪ひしが片倉が陣敗北す。逃…
- p16…宗の先陣片倉小十郞に向ひて討て懸る。信仍眞先に進みて鬪ひしが片倉が陣敗北す。逃ぐるを追うて敵數多討取りたり。片倉金の鐘の差物…
- p16…みて鬪ひしが片倉が陣敗北す。逃ぐるを追うて敵數多討取りたり。片倉金の鐘の差物にて麾を取り盛り返す。政宗の旗本の騎馬の鐵炮も進…
- p16…進められしが、此も眞田が陣に懸らんと冑を著給ふ。政宗の士大將片倉小十郞忠輝の前に來り、日暮に近く軍危からん、と言へば、早雄の士共、…
- p16…、早雄の士共、いざ懸りて討捕らん。弱敵を剩すまじ、といふに、片倉、夫は僻事にて候。日本國を敵にして軍する大坂の者共を弱敵と言…
- p16…にて候。日本國を敵にして軍する大坂の者共を弱敵と言ふべきや。片倉が組の士三十人の中二十九人は討死したり。是見られよ、とて欛ま…
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