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真田幸昌
本文表記 大介
眞田昌幸父子三人始末の事 卷之十七 · 11
- p16…り。原はもと武田家の士也酒盃數獻の後、信仍鼓を打ち子の大介に舞はせて興じけるが、信仍云ひけるは、吾必ず討死せん。思ひの…
- p16…には必ずきんずる物なれば見置きて賜り候へ。又命は惜からねども大介が思ひ出もなく、空しく戰場の土とならんは不便に候、と語りけれ…
- p16…有樣を傳へて稱しけり。信仍士卒を立固め靜々と毛利が陣に來る。大介今年十六歲、組討して取つたる首を鞍の四方手に附け、手負ひたる…
- p18…。明る七日の軍に信仍兵を出せしが、秀賴の出馬を勸めんため子の大介を城に返しけり。大介、今年十六に及ぶまで片時も側を離れ候はず…
- p18…兵を出せしが、秀賴の出馬を勸めんため子の大介を城に返しけり。大介、今年十六に及ぶまで片時も側を離れ候はず。只今討死の際に逃げ…
- p18…惜むこそ口惜しけれ。疾城に參れ、とて取附きたる手を引放せば、大介名殘惜げに父を見て、さらば冥途にてこそ、とて引返す。信仍、大…
- p18…介名殘惜げに父を見て、さらば冥途にてこそ、とて引返す。信仍、大介を見送りて落つる淚をおさへ、昨日譽田にて痛手負ひしが、弱る體…
- p18…。弓箭取る身は思ひ出の詞兼て云ひ置べき事にこそ、と言合へり。大介は城中に入り、秀賴に從ひて蘆田曲輪の矢倉に籠りて父の事を尋ね…
- p18…ける水晶の珠數を首に懸け、秀賴の自害を待居しかば、速水甲斐守大介に向ひて、組討の武勇逞しき振舞して、痛手負はれしと聞ゆ。和平…
- p18…言へ共些とも動かず。寄手矢倉を取卷きし時、速水戶口に立出でて大介が有樣を語り、武勇の血脈恐しき者なり、と云ひしとなり。終に大…
- p18…介が有樣を語り、武勇の血脈恐しき者なり、と云ひしとなり。終に大介も矢倉の中に死して、父子同じく豐臣家の爲に亡びたり。…
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