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筑前岩屋城
本文表記 岩屋・筑前岩屋の城・いは屋
高橋紹運討死の事附立花統增薩摩に囚るゝ事 卷之八 · 8
- p01…島津圖書忠長、伊集院右衞門大夫忠棟を大將として、兵五萬を以て筑前岩屋の城主高橋紹運を攻む。岩屋は要害の地に非ず、寶滿が嶽に楯籠て防ぐ…
- p01…忠棟を大將として、兵五萬を以て筑前岩屋の城主高橋紹運を攻む。岩屋は要害の地に非ず、寶滿が嶽に楯籠て防ぐべし、と言ふ者有り。紹…
- p04…かばねをば岩屋の苔に埋みてぞ雲ゐの空に名をとゞむべき(一說、ながれての末の…
- p04…の空に名をとゞむべき(一說、ながれての末の世遠く埋れぬ名をやいは屋の苔の下水)…
- p06…す。其外龍造寺政家、秋月種實を始として相加り十萬餘に及べり。岩屋の麓筑山橫岳二日市太宰府の邊尺寸も透間無く陣し、兩將より莊嚴…
- p06…て立花と稱す紹運も今に有りては關白秀吉に屬し候へば、寶滿も岩屋も關白の城にて候を、渡し參らする事存じも寄らず候、との答を使…
- p06…るゝ事廿日に及べり。紹運公の武勇九州に無雙たるべし。寶滿立花岩屋とも子細候まじ。和談を取結び軍を返し、圍を卷ほぐし申すべし。…
- p06…取の城を攻落し、城主星野中務大輔兄弟を始め悉く討取り、夫より岩屋に向はるゝ所に、立花の內小野理右衞門と言へる者忍び入りて火を…
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