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紀伊国九度山
本文表記 九度山
眞田昌幸父子三人始末の事 卷之十七 · 6
- p12…石の地を賜り、昌幸、信仍は御赦を蒙り、城を出でて紀州高野の麓九度山に引籠る。信仍常に父と兵法を談じて、天下の時勢を計りけり。昌…
- p12…に父と兵法を談じて、天下の時勢を計りけり。昌幸は六十七歲にて九度山に死す。其後大坂の亂起りしに、秀賴、信仍を招かれけり。此比世…
- p12…知せられしかば、用心嚴うしたりけり。信仍橋本山の百姓數百人を九度山に招き、假家數多設けて酒宴してもてなし、上戶下戶を言はず强ひ…
- p12…山より木のめ路に懸り、大坂にぞ行きたりける。道々にて百姓は皆九度山に行きぬ。殘りし女童共信仍が鎗眉尖刀の鞘を脫し、鐵炮に火繩を…
- p12…を挾み、もし押止むる者有らば忽ち討殺すべき體を見て詮方無し。九度山に醉伏したる者共、夜明けて見れば眞田は無し。如何に、と問へば…
- p16…外に存命へて再會する事よ。されど遂には軍に及ぶべし。落ぶれて九度山に隱れ居しが、一方の大將となりて候豐臣家の恩譬へん樣無し。彼…
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