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黒田家臣木屋兵右衛門
本文表記 木屋・木屋兵右衞門・兵右衞門
黑田家岐井谷合戰の事竝小川傳右衞門野村太郞兵衞岐井友房を斬る事 卷之九 · 7
- p01…さん、とて引退く。菅は長政の鞦の組違に手を掛けて少も離れず。木屋兵右衞門は長政の鎗を持ちて步立にて續きたり。一揆長政と見知り餘さじと…
- p01…步立にて續きたり。一揆長政と見知り餘さじと附慕ふ。三宅、菅、木屋を始として岡本彌兵衞、小河久大夫、坂本七左衞門已下五十人許丸…
- p02…城に在りしが、後に岐井谷の軍物語に及べば俄に病み出でしとぞ。木屋兵右衞門は長政に向ひ、後藤、小河が有樣大臆病の男にて候を、親子共に取…
- p02…が有樣大臆病の男にて候を、親子共に取分て懇に爲させ給ひ候。此兵右衞門は誠にあるにもあらぬ體に候へども、敵追詰め來りなば一番に討死…
- p02…けり。其後長政筑前を賜はりしに、小祿の士皆祿を增したりしに、兵右衞門は六百石に鐵炮の者二十人司れり。さのみ賞美無かりしかば、人々…
- p02…六百石に鐵炮の者二十人司れり。さのみ賞美無かりしかば、人々、木屋に殿を岐井谷にて罵りたる事を、嫉く殿は思召して斯は有るならん…
- p02…にて罵りたる事を、嫉く殿は思召して斯は有るならん、と言へば、木屋、我も左思ふ事よ。此憤ならば首をも刎ねられなんと思へどもさも…
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