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黒田職隆
本文表記 宗圓・黑田父子・黑田美濃守職隆
小寺黑田始末の事 卷之五 · 15
- p01…黑田美濃守職隆後宗圓と稱すは備前國福岡の人なりしが、播磨の小寺藤兵衞…
- p01…黑田美濃守職隆後宗圓と稱すは備前國福岡の人なりしが、播磨の小寺藤兵衞政職に仕…
- p01…地に據りて守り軍せしが、小寺は五著に有りて姫路に小城を構へ、黑田父子此處に有りて、秀吉に賴みて信長の旗下に屬す。孝隆の子長政、其…
- p01…るを悲み、斯く申すに非ず、と諫めけり。小寺聞き入れず、孝隆父宗圓に父子共誅せられぬべき密謀を告ぐ。宗圓物慣れたる士五六人呼び…
- p01…小寺聞き入れず、孝隆父宗圓に父子共誅せられぬべき密謀を告ぐ。宗圓物慣れたる士五六人呼び集め所存を問ふに、官兵衞、五著に到られ…
- p01…天下の安危歲月を經ずして定るべし、とて止まる色の見えざれば、宗圓、家の恥を思ひて身を捨てんと思ひ定むる事士の志なり。疾く五著…
- p01…て難を遁れ給はずば、其時人々五著の城を枕にせん、と誓ひけり。宗圓、官兵衞は官兵衞の志をせよ。人々は人々の志をせよ、と下知せら…
- p01…々は人々の志をせよ、と下知せられしかば、孝隆五著に赴きけり。宗圓見送り、子ながらも恥しき事なり。先だつべき親の留りて子に死ね…
- p01…ふとも心の外に現れぬ事はあらじ、など言合へり。又此を疑ひて、黑田父子は謀逞しき者にて良き士數多有り。城に籠る用意せん間に、官兵衞…
- p01…間に、官兵衞を以て欺く可きも計り難し、とて姫路の樣を聞くに、宗圓金剛に舞舞はせて打解けたる體なれば、偖ては別の事も有らじ、と…
- p01…候へば、信長も聞き又世の譽ともなり候べし、と思ひ切つたる色を宗圓見て淚に咽び、暫時物をも言はざりしが、稍有りて、誠に困厄の至…
- p01…、孝隆有岡に赴きたり。小寺兼て村重に密に毛利に一味すべきに、黑田父子人質の松千代を信長に出し置きたれば、彼の父子は織田に內通の志…
- p01…へて毛利に與し、官兵衞を引取る謀や有るべき、と言はせしかば、宗圓怒りて、官兵衞生虜に成りしかば是非の論なし。年老たる身の子を…
- p01…ば得承らじ、とて刀を抽き誓つてければ、使も言なくて歸りけり。宗圓が士共五著を攻め破らんと言へども用ひず。村重心有らば勞るべし…
- p01…事を得たり。秀吉播州に攻め入るに及びて小寺は但馬に落ち行き、黑田父子危難を脫るゝ事を得て、孝隆に宍粟郡を賜り、姫路を秀吉の城とす…
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