三河物語本文データベース

目次 › 三河物語第一上 › m1.016

清康、牧野伝蔵を討ち東三河を平定編集見出し

16 · 1,152字 ·編集段落

扨又東三河をば牧野傳藏が持、淸康東三河へ御働とて段々にそなへ、岡崎を打出させ給ひ而押られ給ふ。岡崎を立而赤坂に御陣を取せ給へば、先手者御油かうに陣を取、明ければ赤坂を打立たせ給ひ而、小坂井に御籏が立。先手は押おろして、下地の御油を放火する。吉田之城寄是をみて、少國を二人して持而何かせん、今日實否の合戰して東三河を淸康ゑ付物か西三河を我取物か、實否の合戰爰成とて、大舟小舟に而吉田河を打越舟を置ならば、味方の心も未練出來かせんとて、舟をば突流而懸。淸康是を御覽じて、小坂寄御籏を押おろさせ給ひ而打向給ふ。傳藏も下地へ押上、淸康は下地之塘ゑ押上んとし給ふ。傳藏も塘へ押上んとす。兩方塘之兩之腹に芝付而半日𣂉互之念佛之聲斗して、大事に思ひ而、しん〱と心をしづめて居たり。傳藏、傳次、新次、新藏、兄弟四人一つ處に西之方にぞ居たりけり。淸康と內前は兩陣に群がつて、東西をかけまはり、敵の中へかけ入〱ざいを取給ふ。然る所に御馬まわりの衆はしり寄而、ゆはれざる大將之敵之中へかけいらせ給ふとて、御馬の水付に取付ければ、あやかりめはなせとて采配を取なほし給ひ而、脥を打御腰物に御手を懸させ給ひ、はなさずば成敗せんと仰ける所へ、內前殿かけよせ給ひ而何物ぞあやかり、はなせ放して打死をさせよ。大將をばかばう處が有物ぞ、大將をかばいても軍兵が負ば、大將ともに打死をするぞ。軍兵が勝ば大將も生るぞ、はなして下知をさせて打死をさせよと仰ければ放しけり。去程に內前は敵味方に見しられんため、鋹をぬいでとつてからりと捨、淸康と內前と敵之中得懸入々々げぢをなし給ゑば、何れも是にいきほひて塘へ懸上、鑓を互になげ入る寄其儘つきくづして河へ追はめけり。傳藏兄弟四人是を見突つ立ければ、何れも負じと立而鑓をなげ入ければ淸康方負にけり。然ども淸康之御旗本が勝而吉田河へおいはめ候故、淸康と內前跡寄懸らせ給へばなじかはたまるべき哉、傳藏、傳次、新次、新藏、兄弟四人を討取る。吉田之城に者女房ども出て見而下地をふうするに、出而見よとてこんがうをはきて出て、塀寄見越而見る。淸康者思之儘に合戰に打勝而、吉田河之上之瀨へまはりて河を騎越、吉田之城へ卽責入給ゑば、女房どもはこんがうをはきて田原へ落行。淸康者吉田に一日之御とうりう被㆑成、明ければ吉田を打出させ給ひ而、段々に備を押田原へ押寄させ給ひければ、戶田も降參を乞いければ寬給ふ。田原に三日之御陣之取給ひ而、明ければ又吉田へ押もどさせ給ひ而、吉田に十日御とうりう之內に、山家三方、作手、長間、段嶺、野田、牛久保、設樂、西鄕、二れん木、伊名、西之郡、何れも〱降參を乞いければ寬給ひ而出仕する。明ければ吉田を御立有りて岡崎ゑ着せ給ふ。其寄して案祥之三郞殿と申奉り而、諸國に而人之沙汰するは淸康之御事成。