三河物語 本文データベース
大久保忠教(彦左衛門)が元和8年(1622)頃、子孫に書き遺した松平・徳川家と大久保一族の記録『三河物語』(みかわものがたり)の全文を検索し、段落ごとに国立国会図書館(NDL)の原本画像へ直接移って照合できるようにしたデータベースです。 底本は『雑史集』(国民文庫刊行会、1912)所収の活字本で、序・第一上・第二中・第三下を収めます。全161段落、約12万字。
校訂状態:全段落が 校訂済 です。見出しは当サイトが付けた編集見出しで、原文にはありません。引用の際は段落のNDLリンクで原本をご確認ください。 詳しく
三河物語序 底本109–110頁 · 1段落
- m0.001序、子孫への書置と門外不出109
三河物語第一上 底本111–163頁 · 41段落
- m1.001冒頭、神代から源平両氏の起こりまで111
- m1.002惟喬・惟仁両親王の競馬と立太子112
- m1.003在原業平、小野に惟喬親王を訪ねる113
- m1.004清和源氏の系譜と徳阿弥の流浪114
- m1.005松平親氏の入婿と家臣の忠誠115
- m1.006泰親の岩津入城と信光の安祥城奪取117
- m1.007松平親忠、安祥で領地を広げる118
- m1.008北条早雲の西三河侵攻と長親の決意119
- m1.009長親、矢作川で早雲の軍勢を退ける120
- m1.010信忠の不器用と家臣団の分裂122
- m1.011清康の家督相続と譜代への酒盃124
- m1.012能見物の座争いと清康の褒美125
- m1.013山中城の忍び取りと三御譜代127
- m1.014清康、西三河を切り従える128
- m1.015宇利熊谷城攻めと松平右京の討死129
- m1.016清康、牧野伝蔵を討ち東三河を平定130
- m1.017森山出陣と内膳の別心132
- m1.018阿部大蔵、弥七郎に潔白を言い含める134
- m1.019森山崩れ、清康の横死135
- m1.020織田信秀の来攻と譜代衆の出陣136
- m1.021伊田合戦、八百で織田勢を退ける138
- m1.022内膳の岡崎横領と広忠の流浪140
- m1.023大久保新八郎、起請文を書き広忠に内通141
- m1.024新八郎兄弟の密議と林藤助の加盟142
- m1.025同志の加盟と九郎豆殿への打ち明け144
- m1.026九郎豆殿の同意と有馬湯治の策146
- m1.027広忠、新八郎の手引きで岡崎入城148
- m1.028広忠の岡崎帰還と忠節の恩賞149
- m1.029内膳の出仕と広忠の婚姻・竹千代誕生151
- m1.030広忠、田植えする今藤を許す151
- m1.031天野孫七郎、広瀬の作間を斬る153
- m1.032作間の生還と甚太郎・内膳の座論154
- m1.033安祥落城と三左衛門・坂井左衛門尉の離反155
- m1.034九郎豆殿の所領押領と別心156
- m1.035大久保一族の困窮と筧図書の上和田夜討ち157
- m1.036竹千代、人質の途上で織田方へ売られる159
- m1.037今川援軍の出陣と九郎豆殿の討死159
- m1.038小豆坂の合戦、駿河衆の勝ち161
- m1.039広忠の死と新八郎・彦次郎の譜代問答161
- m1.040第一上奥書163
- m1.041子孫への戒めと門外不出の念押し163
三河物語第二中 底本164–197頁 · 31段落
- m2.001安祥城攻めと竹千代の人質交換164
- m2.002原見石主水の切腹と大河内の助命164
- m2.003駿府抑留期の譜代衆の困窮166
- m2.004刈屋城の忍び取りと竹千代の元服167
- m2.005大高兵粮入れと寺部・梅坪攻め167
- m2.006義元の尾張出陣と元康の棒山攻め168
- m2.007義元の討死と岡部五郎兵衛の忠義170
- m2.008元康、大高を退き岡崎城に入る171
- m2.009岡崎周辺諸城への度重なる出陣172
- m2.010信長との和睦と東条城の降伏173
- m2.011永禄六年、門徒一揆の蜂起174
- m2.012一揆方の籠城衆と夏目次郎左衛門の赦免175
- m2.013大草松平七郎の改易と一揆籠城衆176
- m2.014家康方の味方衆と上和田の大久保一族177
- m2.015八屋半之丞の奮戦と家康の駆け付け179
- m2.016大久保一族の危機と一揆勢の追撃180
- m2.017一揆の和議、大久保浄玄の嘆願182
- m2.018一揆後の処分と寺内の破却184
- m2.019竹千代の帰還と一宮の退き口185
- m2.020御油・八幡の戦いと東三河衆の帰服186
- m2.021戸田丹波守の人質奪還と八屋半之丞の討死186
- m2.022家康の遠江出陣と秋山の撤退188
- m2.023久野一族の内紛と掛川落城189
- m2.024堀川一揆の鎮圧と浜松移転191
- m2.025金ヶ崎の退き口と一番合戦の要求191
- m2.026家康の一番陣と越前衆の敗走193
- m2.027志賀の陣と松平勘四郎の手柄194
- m2.028信長記の虚偽と本書執筆の趣旨195
- m2.029第二中奥書196
- m2.030大久保一族を詳しく書く理由196
- m2.031門外不出と他家を書かぬ理由197
三河物語第三下 底本198–295頁 · 88段落
- m3.001見付原の退却と勘七郎の鉄砲198
- m3.002二俣城落城と奥三河衆の離反199
- m3.003三方ヶ原の戦いと家康の退却200
- m3.004犀ヶ崖の夜討と信玄の野田城攻め202
- m3.005元亀四年、長篠城を攻め取る203
- m3.006大久保次右衛門、奪われた首を訴える204
- m3.007池田喜平次、勝頼の陣で捕らわれる205
- m3.008せな殿、喜平次を預かる206
- m3.009池田喜平次、縄を抜けて逃げる207
- m3.010岩村城の離反と信長の成敗207
- m3.011犬居の敗軍と奥平九八郎の縁組208
- m3.012大賀弥四郎の謀反計画と山田八蔵の密告210
- m3.013大賀弥四郎の妻の諫言212
- m3.014大賀弥四郎の捕縛と引き回し213
- m3.015勝頼の長篠出陣と大賀弥四郎の処刑213
- m3.016鳥居強右衛門、長篠城に援軍を告げる214
- m3.017坂井左衛門尉、鳶ヶ巣を攻める215
- m3.018長篠の戦いと大久保兄弟の働き215
- m3.019長篠戦後の賞賛と高明・二俣の落城216
- m3.020犬居攻めと七郎右衛門の境目在番217
- m3.021小山城からの退却と信康の殿218
- m3.022信康御前の訴状と信長の切腹命令218
- m3.023平岩七之助の嘆願と信康の自害219
- m3.024勝頼の横須賀出陣と両軍の撤収221
- m3.025田中出陣と高天神の付城築造221
- m3.026高天神城の包囲と堀・柵の構築222
- m3.027高天神城の落城と岡部丹波の討死223
- m3.028勝頼の退却と小宮山内前の供奉223
- m3.029勝頼の最期と土屋惣蔵225
- m3.030信長の甲州仕置と家康の堺見物226
- m3.031本能寺の変と家康の伊賀越え227
- m3.032甲斐・信濃の平定と七郎右衛門の調略228
- m3.033北条氏直の進出と諏訪の離反229
- m3.034六手衆による乙骨からの退却230
- m3.035新府の対陣と真田の帰属231
- m3.036北条との和睦と佐久郡の平定232
- m3.037小牧山の対陣と岩崎城の戦い234
- m3.038池田勝入の討死と蟹江城攻め235
- m3.039沼田引き渡しを拒む真田237
- m3.040上田城攻めの敗軍と尾崎佐門の討死238
- m3.041上田敗軍での大久保兄弟の反撃239
- m3.042へき五右衛門刺突の論と平助の退却240
- m3.043七郎右衛門、諸将に反撃を説く242
- m3.044八重原の対陣と諸将の消極243
- m3.045石川伯耆守の出奔と小諸の留守245
- m3.046家康の上洛と政所の人質247
- m3.047小田原の陣と関東移封249
- m3.048太閤の死と家康襲撃の企て250
- m3.049石田治部の挙兵と岐阜城攻略251
- m3.050関ヶ原の戦いと戦後処分252
- m3.051将軍の中山道遅参と本多佐渡253
- m3.052大坂冬の陣と石川主殿頭の働き254
- m3.053冬の陣の和睦と堀の埋め立て256
- m3.054夏の陣、道明寺口と平野筋の戦い257
- m3.055大坂落城と秀頼の最期258
- m3.056太閤、信長の恩を忘れる259
- m3.057秀頼五度の背反と因果259
- m3.058天王寺口での旗奉行の迷走259
- m3.059旗奉行と鑓奉行の口論261
- m3.060味方崩れと旗奉行の不在262
- m3.061大坂陣後の詮議と武辺の証人263
- m3.062家康、旗奉行を問いただす265
- m3.063水野日向守の言上と旗の論争266
- m3.064彦左衛門、旗は立ったと言い張る267
- m3.065彦左衛門、口答えの理由を語る269
- m3.066切腹を覚悟した彦左衛門の出仕270
- m3.067家康の死と遺言をめぐる将軍の言葉271
- m3.068殷王の祈雨の故事と御代の賛美272
- m3.069歴代の徳と当将軍への期待273
- m3.070東照権現の崇敬と家康の生涯274
- m3.071譜代の困窮と人の使い方275
- m3.072他国衆の重用と譜代軽視への諫め276
- m3.073譜代衆の真価と上方衆への批判278
- m3.074子孫への教えと知行を得る五つ得ぬ五つ279
- m3.075山中城奪取と広忠の岡崎帰還281
- m3.076一揆と上和田の大久保一族282
- m3.077伯耆守出奔時の小諸残留283
- m3.078上田敗軍での大久保兄弟の踏み止まり284
- m3.079旗の論争こそ奉公との主張285
- m3.080境目の番と報われぬ奉公286
- m3.081子孫への訓戒、主家を去るな287
- m3.082地獄の実在と主への奉公289
- m3.083因果の諸相と信長の報い289
- m3.084太閤と秀頼に報いた因果290
- m3.085家康の慈悲を示す数々の例291
- m3.086本多佐渡の讒言の噂と因果292
- m3.087第三下奥書294
- m3.088書置の趣旨と門外不出294