三河物語本文データベース

目次 › 三河物語第三下 › m3.013

大賀弥四郎の妻の諫言編集見出し

13 · 649字 ·編集段落

大賀彌四郞は、是をば夢寤しらずして、女房にむかひて申けるは、我はむほんのたくみ、御主を打奉らんと申ければ、女房まことにもせずして、ぢやれけうしやにも云ふべき事をこそ云たるもよけれ、さやう成事を、いま〱わ敷、きゝ度もなしとてそばむけば、彌四郞重而申けるは、夢々いつはりにあらずと、實しがほに申ければ、其時女房おどろきて、げに〱左樣成くわだてをたくみ給ふか、さても〱天道のつきはて給ふ物哉、上樣の御かげ雨山かうむりて、何かに付而とぼしき事はなくして、身をすぎ申事をさへ、天道おそろしく候へば、一度は御ばつもあたり可申と思へば、御主樣の御事おろかにも思ひ奉らず、其故各々御普代久敷御侍衆達さへ、我等がまねは成給はぬに、況哉御身は御中間之身成を、か樣に奧郡廿餘鄕之代くわんを仰被付候へば、何が御ふそくは有而御むほんをくわ立被申候哉、其儀を思ひとゞまり給へ、然らずんば、我々子共共にさしころして、其故にてむほんをくわ立給へ、かならず御主樣之御ばちは、たちまちにかうむりて、御身のはても此世から、かしやくせられて、辛苦をうけてはて給ふべし。わが身なども烙磔付にもあがりて、うき名をながさんも目のまへなれば、只いまさしころし給へと申ければ、其時彌四郞申は、女之身としてしらざる事を申物かな。其方をば此御城へうつして、御臺といわせんと云ければ、女房云は、若も御臺といわれゝば祝言だが、いはれぬ時の不祝言はの、御身きゝ給へ。佛法は實がいればかたぶくと云ふ、人間は實がいれば反ると云は、御身之事成とて、其後物もいはず。