m3.020校訂済217頁 120L:13–15218頁 121R:1–2別然る處に天正四年七月日、いぬゐへ御はたらき有而、たる山の城を責取、其寄かつさかへ押寄せ給へば、しほ坂を持ちて入立ざれば、大久保七郞右衞門に石が嶺へあがりて、かさ寄も追ひ崩せと御意之候へば、おうけを申而七郞右衞門石きりへうつりければ、天野宮內右衞門かなはじと思ひ而、しほざかとかつさかをあけて、しゝがはなへ、うつりて引のきけり。大久保七郞右衞門は、天正三年乙亥寄同天正九年辛巳年迄、二俣、高明、入手をもちて、境めに有りて、日夜無隙山野に臥してかせぎけり。