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彦左衛門、旗は立ったと言い張る編集見出し

64 · 889字 ·編集段落

又然る處に二三日すぎて、御前にて御せんさく有而よく申ひらきたる人も有、又あしく申而退るも有。然る處に、やりに付きたる者參れと有ければ、又彥左衞門が罷出る。然る處に御せんさく過ぎて御座敷へいらせられ給ふとて彥左衞門を御覽じ付て被仰けるは、汝は鑓に付て來ると云かと御狀なれば、かしこまつて御座候と申上ければ、御けしきかはりたまひて、彥左衞門手を付たる疊のへりをふませ給へば、よこ疊の事なれば二尺四五寸へだたりける其間を、御杖にてつかせ給ひて、汝は何とて我にはつかざるぞと御狀の時、御鑓に相そへられ御旗本の諸鑓まで若林和泉と某に仰被付候へば、千本に及申たるやりに御座候へば、御旗に付申たる御どうぐに御座候へば、御旗の有所に罷在由申上ければ、其儀ならば何としたるぞと御狀の候時、御旗が大和が冬の陣場に立申間、御やりも其に罷有たりと申上ける時、そこに旗は立まじくぞと御狀の時、いや其に立申たりと申時皆共見ざると云程に立間敷と御狀なれば、彥左衞門申は、何と御狀成とも御旗は立申たりと申せば、早御けしきかわりて御わき指をねぢまわさせられて、頭へ埃のかゝり申ほど御杖にて疊をつかせられて、我も見ざるほどに、莵角に立間敷と重々御狀なれども、何と御狀成共御旗は立申と强く申はりたれば、御狀には、其儀ならば何としたるぞと御狀之時、ちやうす山の方より崩れて來り申者が、御家中の旗、やり、又は御鑓共にふみくづして御旗斗立て罷在と申上ければ、然者何としたると御狀の時、ちやうす山方より參たる者は御前の方へ參而、御前の方がくづれ申と申ける時、弓矢八幡今日の天道我が一代迯げたる事もなきを、あれめが我をにげたると云。大久保七郞右衞門が性の强きに、大久保次右衞門がこわきに、兄弟一のぢやうの强きやつめなり相模をも我が助けておきたる。あれめが情のこはき事を云と御意被成て、城內のひゞくほど御聲のたかければ、各々何事にやと申て肝を消す。然る處に本多上野守參て彥左衞門が手をとりて罷立とてつれて出る。上樣の御そばへ永井右近がまいりて、御道理にて御座候。總別ぢやうのこわき者にて御座候と申上ければ、御腹をいさせられ給ふ。