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安祥城攻めと竹千代の人質交換編集見出し

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m2.001校訂済164頁 94R:2–13別
小豆坂之合戰之明の年、今河殿寄、雪齋長老を名代として、駿河、遠江、三河、三箇國の人數を促而押而出、西三河之案祥得卽取つめけり。案祥之城に者、小田之三郞五郞殿うつらせ給ひ而、御處に、四方寄、責寄而、鐘太鼓を鳴し、四方寄、矢鐵砲をはなし、天地を響かせ、鯨聲を上、もつたて、かひ立、せい樓をあげ、矢藏を上、竹たばを付而、晝夜、時之間もゆだん無、荒手を入替々々責入れば、早二三之丸を責取而、本丸斗に成而、曖ひを懸而、二の丸得おろして、卽、堄をゆて、押こみて、𥯚の內之鳥、あじろの內の、ひ魚のごとくにして置、其寄して小田之彈正之忠得、雪齋長老寄申しつかはしけるは、三郞五郞殿をば、二の丸得、押おろし、卽堄をゆいて、押入而おく。然とは云ども、松平竹千代殿と、人質替にも被成候はんや。其儀においては尤成。然らずんば、是に而御腹を切せ申さんと、申つかはしければ、平手と林兩人寄返事に、仰被越候儀尤に存知候。さらば取替申さんとて、其時相互に、替相にならせられ給ひし寄、竹千代樣者、駿河之國得御下被成、駿府之、少將之宮之町に、御年七歲寄、十九之御年迄、御氣伻を被成候御事、云に無㆑斗、あたりにて、䲼をつかはせられ給し迄も、御氣遣を被成候。