それのみならずしてさなだべつしんの時、御せいばいとして人數を一萬餘指被越候とき、おしこみてかまひをやぶりて退足につかれてはいぐんしけるに、四五町の內に三百餘打れければ、早さうくづれにあらん時、金のあげはの蝶の羽の指物にて、七郞右衞門が加賀河をのり越て返す。七郞右衞門につゞいて彥左衞門が返す。七郞右衞門はかわらにてかけまわれば指物を見て、七郞右衞門所へかけよせける所に、旗をもおしよせける。彥左衞門はかわらにてつきふせて、頭をばとらずして上の段へ押上けるに、彥左衞門は銀の上羽のてふの羽を指たれば、それを見て十一二人參りたれば、七郞右衞門はかわらをもちこたゑる。彥左衞門は上のだんをもちこたへたる故に、總のはいぐんはしづまりたり。然ずんばはいぐんして四五里の間おひ打に打れ可申けれ、のこりたるとても五千も六千も打れ可申を、第一は七郞右衞門が歸したるゆゑ、次には彥左衞門が歸たるゆゑに、五六千の人數をたすけて御ほうかう申上たる事も有。