三河物語本文データベース

目次 › 三河物語第三下 › m3.002

二俣城落城と奥三河衆の離反編集見出し

2 · 621字 ·編集段落

然間遠江之小侍共が信玄へのきけるが、此度供して來り而、天方、むかさ、市の宮、かくわのふるかまい、其外のふる城、又は屋敷構を取立てもつ。かくわの構をもちたる小侍共を、久野と懸河と出合而、せめおとしておゝく討取たれば、其外之所をばのこらずあけたり。天方斗久野彈正其外寄合之小侍共がもちけるを、味方が原之合戰之後、天方之城をせめさせ給ひ而、本城斗にして引のかせ給へば、其後明てのく。信玄は見付のだい寄がうだゐ島へ押上而陣取、其寄二俣之城を責ける。城には靑木又四郞中根平左衞門その外こもる。信玄はのりおとさんと仰ければ、山縣三郞兵衞と馬場美濃守兩人かけまわりて見て、いや〱此城は土井たかくして草うらちかし、とてもむり責には成間敷、竹たばをもつてつめよせて、水の手を取給ふ程ならば、頓而落城可有と申ければ、其儀ならば責よとて、日夜ゆだんなくかねたいこをうつて時をあげて責けり。城は西は天りう河東は小河有り。水の手は岩にてきし高き崕づくりにして、車をかけて水をくむ。天りう河のおし付なれば、水もことすさまじきていなるに、大綱をもつていかだをくみて、うへよりながしかけ〱、何程共きわもなくかさねて、水の手をとる釣なはを切程に、ならずして城をわたす。然間信玄は城を取而寄、東三河に奧平道文と、すがぬま伊豆守と同新三郞、これ等はながしの、つくで、たみね是等が山が三方をもちたるが、逆心して信玄に付、すがぬま次郞右衞門と同新八郞は御味方を申而、ぎやくしんはなし。