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今川援軍の出陣と九郎豆殿の討死編集見出し

37 · 1,023字 ·編集段落

然間今河殿仰けるは、廣忠寄しち物はきたれども、そば寄盜取而、敵方得賣申事は無㆓是非㆒、其故も小田と一身無、侍之義理は見得たり。此上は廣忠を見繼而、加勢可有とて、林西寺之說齋長老に各々を仰付而、駿河、遠江、東三河、三ヶ國之人數を催而加勢有。說齋駿府を立而藤枝に付、明ければ藤枝を立出大次河、さよの山を打越懸河に陣を取。明ければ懸河を打立而、福路居、見付、天龍河を打越、其日は引間に陣を取。明ければ引間を立出而、兩手にわけて今切と本坂を越而、吉田に陣を取。吉田を立出下地之御位、小坂井御油赤坂を打過而、早山中藤河に陣を取けり。岡崎には各々此由聞寄も喜而、いざや駿河衆之出けるか見んとて、弓取三十人斗圓入坊山得あがりてながめける。折節岡の城寄九郞豆殿五百斗にて岡崎得打まはりと有而、まつ黑にかたまりて坂を押上させ給ふ。三十人斗之衆是を見而、爰成は九郞豆殿と見得たり。いざや此小揄に木の葉を指其蔭に隱れ居而、近くよらせられ給ふ時、一矢づつ射懸申、其寄坂を下りに蹦降而、明太寺之町得懸入而、其寄すがう河得出べしとて待懸て居たりける處得、近々と寄來らせ給得ば、蹦出而一矢づつ射懸而、坂を下に蹦降而、明太寺之町得入而、すぐにすがうの河原へ出けり。九郞豆殿は御覽じて、おつ取〱追而町得追入而、町に火を懸させ給ひ而、其きほひに引のけさせ給ば、御手柄と申くるしかる間敷を、御遊の末のかなしさは、町に火を懸させ給はずして、一町斗引のけさせ給ひ而、そなへを立而御處得、又三十人斗之者供が立歸而、兩にわけて町の上下寄指取引詰、我も〱とそなへゝ射懸ければ、誰之矢が中るとも無して、九郞豆殿ひかへさせ給ふ御馬の口取を射害。次に來る矢にて九郞豆殿を御馬寄射おとし奉ければ、是を見而犇出指取引つめ射懸れば、其儘敗軍しければ、九郞豆殿は早打死被㆑成けり。岡崎も其間四五町有事なれば、元寄押出したる衆是を見而、おつ取〱追付而、皆打取。然間九郞豆殿御しるしを持而參る。廣忠得角と申上ければ、聞召もあへさせ給ずして、御淚を滂させ給ひ、如何而か生取てもくれざる哉。日比九郞豆殿我等に一つとして負給ふ事無く、此度敵をなし給ふ事も、違ひめ更になければ恨と更に思はず。以來を疑ひて某方寄立出しけるを、樣々侘させ給得ども、聞ざれば赤面して存知之外に敵にならせ給得ば、我方寄無理に敵とはなす成。內前之敵に成給ふとは、ばつくんちがいたりとて、はら〱と御淚を滂させ給得ば、各々も御道理とて、鎧の袖をぬらしけり。