去間新八郞二人之兄弟どもを呼寄而申けるは、早時分も能に由斷有間敷、彌三郞者晝語りしことをば、悉殘さず𡪁に云者なれば其心得可有。女房者男之事惡樣にはいはざる物なれども𡪁は誰も可笑き物なれば、懸大事とはしらずし而、思はずしらずに人に語物成。左樣に有とても、か樣之大事をば女房には聞せぬ物成。女者肝びけ成物なれば、色を違いて物をくはで、人に不審を立らるゝ物なれば、か樣之大事をば聞せぬ物成。此事をしをうすれば、妻子けんぞくも命佑かる。若しそんずれば妻子けんぞく迄も殘ず死事なれば、一代に一度之大事成心得給へよと云ば、甚四郞が聞而、其方が𡪁我さへをかしきと云而笑ければ、新八郞云、笑事に而無ぞ一大事成と云ながら、兄弟三人して笑ける。彌三郞者上帶を頤寄頂へ懸からげて臥せば、明ければ腮がするがると云。扨又何時分にやと申せば、明々後日によからんと云。然間我等別して等閑無衆二三人に聞ずんば、後日に恨べしと云。兄弟之者ども誰にやと聞。林藤助、成瀨又太、八國甚六郞、大原左近右衞門ぞと云。尤是には御聞給ゑと云。さらば藤助呼に越と被申ければ、甚四郞立而兄に而候人は少御用有、御隙入無者御出あれと申越ければ、若此事を思ひ立たれてもあらんと心得て、急而使寄先に來り、何事にやと申せば、別之用に非能酒を請而有、一越召と申事と云ば、早たべ度と心得而急ければ、つれて立而此事斯と云ければ、藤助手を合淚を滂、扨も〱目出度事哉、我人御供して出候はで叶は去事なれ供、我人御供を申物ならば、二度御本意をとげさせ給ふ事、思ひも寄ず、然時んば御跡に留まり申、是非とも御本意をさせ申さんと、思ひ入而とゞまる成。然ども何供才覺に仕煩らいて有御身之思ひ立給ふを待申處に、內前殿もさも思召か、御身に廣忠を引立申間敷との七枚起請を、伊賀之鄕の八幡御前にて三度書たまふを見て、力をおとして手をうしないて有。然どもきせうを書給ふとも、兎角に思ひ立候はんとはおもひ入て有つるが、然ども三度之七枚きせうの事なれば、此事如何と申事も成、御身之貌を見上見おろしはしたれども、さながら如何とも云難。きせうを書き給ふとも兎角御身は引立給はで、置間敷人と思ひしにたがはず、扨も〱能ぞ〱思ひ立給ふ物哉、殊更我等にも聞給日し事、海ならば大かい、山ならば須彌山寄も高くふかく御恩に請申成。只今迄は一日も早と心懸申事、時之間もわするゝ事無、思ひ入て候へども、一人として成難ければ、我力に不㆑及して打過ぬ。御身さへ思ひ立給はゞ、成もせん物をと思ひて今か〱と思ひ、御身の貌をまもり上けれども、七枚きせうのゆゑなれば、さながら詞には不㆑被㆑出、とてもあの人者御本意をとげさせ申さでは置間敷人なれども、度々の七枚きせうに伀を爲し給ふ物か。然ども其儀成供兎角に御手者引れ給はん人成と思ひ入而、遲と貌を見上見下し申けるに、思ひ申に違はずして思ひ立給ふ事嬉しさよ1と、遊上て怤て、ふかく一身申て來世迄之契を申と云。此藤助と申は御代々つたはりたる侍大將成。正月御酒盃をも御一門寄先に罷出て被下けり。其次に御一門出させ給ふ。御家久敷侍者是にこす人無。藤助申すは、我寄外に誰にきかせ給ふ。いや〱我兄弟一類斗に而も安けれども、御身は御家之子と申、又は某に別而貴殿者ちかづきける。此儀を聞不㆑申は、後之恨限有間敷ければ、御身斗に聞せ申成。貴殿と內談して一兩人に聞せ申方も候得ども、未聞せ不申⿺辶㐮忝奉存候。
- 誤植遊 — 底本「遊上て」(振り仮名「をどりあがり」)。「踊」の誤植か。