然る所に八千之者ども一度に鯨聲を上。優しくも八百の方寄も鯨聲を上。靁渡る春之野に鶯之古巢を出て初音を出すごとく成。早近寄而南無八幡とてぞむかいける。田の方にて上村新六郞が鑓を入んと云。磯貝出き助が云、新六郞早きぞはやりて鑓を入れば、物きはにてせいがぬけて、鑓が弱き物成、大軍の方寄入させて、待請而根强く請留めて入よと云て、野方を見上て見れば、廣き野に而四百之衆は四千之者に取まかれて、追腹切と云衆は一人も殘ず火花をちらして、切死にぞしたりけり。又若黨小者中間、ちり〱に岡崎を指而坎入を見而、野方者皆うたれて、弱者は岡崎を指而坎入ぞと云處に、敵方も野方が勝を見而、我先にと競ひて押懸たり。何方之合戰にも人數多しと申とも、先へ出て鑓を合る者は、五人拾人には過去物なれども、此人々者森山寄此時之事思ひまうけたる事なれば、少も騷事も無、待請而百四五十人一度に錣を傾けて根强くついて係ければ、主々に付而殘之者ども刀をひん撛〱、主々寄先に立たんと進みければ、三のそないを切くづしければ、殘そないは共にはいぐんすれば、悉切捨にして又かたまりて、野方之敵に傃而しづ〱と押寄ければ、敵是を見てかなはずとや思ひけん、我先にと大樹寺へ亂入、其寄してのけてくれよと降參を乞う。何方も若き衆は有習なれば、勝に乘而迚も遣る間敷と高言をする。其中に老武ども之申けるは、敵かうさんのせばやり給ゑ、敵を打取と云とも田方四千を社打取たり。其儀も未殘たり。野方四千は恙無。味方も田方四百社恙なけれ、野方四百は皆打死をする。敵八千之時者味方八百有。敵打被㆑取て四千になれば、味方も打死をして四百に成。其故田方之者も五百も千も打もらされて可有、左樣にあれば未敵者多し。味方者すくなく候ゑば、勝て鋹之緖をしめよと云事有。其故は軍の習者しられず、此上我味方打負たらば城迄とらるべし。我等之命露塵惜からじ。只今迄は若君之御命もたすかり給ふべしともおぼえざりしに、早御命を扶申事は是程之勝者何かあらん哉。此上にて軍之習なれば各々打死をして、扶給ふ若君之御命を歸而圖せばいかゞあらん哉。若き衆之被申候ごとく、八萩河を半分越せて切て懸物ならば、早おくれを取たる敵なれば、安々と切くづす。敵なれども然ると云に敵も其を心得而降參をば乞ふ成。りやうじに河をば越じ。河を越と敵も思ひてそこにて思ひ切、聊爾に河を越而も負、城をむたい責にしても負と思ひ切而、城を責物ならば安責落べし。窮却而猫をくふと云事之候ゑば寬而やり給ゑ、此故者爰えへの働者、二度思ひ懸る事者有じと云ければ、其儀尤とてかれは河を越、味方は岡崎へ合引に引けり。各々若君樣を二度見まいらせて、又うれし涕にどつと涕。若君樣は各々を御覽じて、扨何れもを見る事之嬉さは、二度淸康之御目に懸思ひ社すれ。倂朝一度に來り而、我を見て淚を流而、今生の暇乞とて出たりし者どもの、多來らず、扨も〱ふびん成次第とて、をきつふしつ御落淚有ければ、御前成人々も鎧之袖をぬらして御前を立、三河にて伊田合戰と申けるは是成。